林田力 だまし売りをなくしてSDGs

『東急不動産だまし売り裁判』著者

マンションだまし売り被害を消費者契約法で解決した裁判闘争を描くノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。だまし売りをなくすことでSDGsの持続可能な消費に寄与したいと活動しております。
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田岡りき『吾輩の部屋である 2』

田岡りき『吾輩の部屋である 2』は、オムニバス形式ながら花火デートなどストーリー性が出てきた。「宅配物受け取りに関する考察」では宅配便の不在票のタイミングの悪さにイライラする。これは「あるある」である。宅配便の再配達問題は運送業者の負担が取り上げられるが、消費者にも心理的圧迫感がある。

本作品は主人公の独白に対して、家具などが突っ込みを入れることが特徴である。これは自己を客観視した主人公の心の声ではないかと考えている。第2巻では「早まるな」「止めろ」などがある。主人公が危ない行動をしようとしている時の声で、そこで話が終わっている(「コゲと絵の具の因果関係」など)。より自己を客観視した心の声らしくなっている。

鍵山哲郎はゴキブリに恐怖する。それほど怖がるものだろうか。赤坂アカ『かぐや様は告らせたい 天才たちの恋愛頭脳戦』でもゴキブリを怖がる男性が登場する。ここで女性キャラは平気であった。男性の方が女性よりも、虫の耐性は弱いのだろうか。

欧州ポピュリズム EU分断は避けられるか

庄司克宏『欧州ポピュリズム EU分断は避けられるか』(筑摩書房、2018年)は欧州連合(EU)でポピュリズムの台頭を招いた要因を分析する書籍である。皮肉なことに大衆民主主義の欠陥を埋めることを意図して作られたEUの仕組みが、民意を無視する欠陥としてポピュリスト政党から攻撃されている。

ポピュリズムという言葉にはマイナスイメージがあるが、本来は民意の尊重という民主主義の徹底を求めるものであり、そのこと自体は悪くない。元々、EUは気まぐれな大衆民主主義に振り回されずに政策を遂行するエリート主義的な思想で制度設計された面がある。それ故にポピュリズムの不満が高まることは、ある意味で必然であった。

ポピュリズムの問題は法の支配や適正手続きを無視して、多数派の意思を優先する傾向にある。ポピュリスト政党と言えば、移民排斥を主張する排外主義を先ず連想するが、司法権の独立などを否定するポピュリズムもある。極論すれば皆がある人を殺したいと思えば殺すことが正当化される。皆で決めて良いことと決めて良くないことを峻別することがポピュリズムと向き合うことになるだろう。

EUの構造的欠陥として、加盟時には審査されれるが、継続の審査がないことである。参入障壁は高いが、メンバーになれば、ぬるま湯という日本の業界規制に似ている。このため、ポピュリズム政党が政権を取り、人権や法の支配を無視した政治を行うなど加盟国がEUの基本的価値に違反した場合の対抗措置が不十分である。権利停止手続は加盟国の全会一致が必要で、除名の規定はない。

この問題は統一通貨のユーロでも現実化した。EUはユーロ参加の条件として、財政赤字の対GDP比3%以内などの財政規律順守を条件とした(因みに2018年の日本の財政赤字の対GDP比は3.8%であり、日本はユーロに参加する資格はない)。ギリシャは2001年にユーロに参加したが、財政赤字GDP比を過少申告して審査を通過していた。実際の1999年の財政赤字GDP比は3%を越えており、ギリシャには最初からユーロ参加資格がなかった。

後にギリシアの財政赤字粉飾が明らかになり、2010年にギリシャ危機が起き、ユーロが下落した。ギリシャ危機では緊縮財政批判がなされがちであるが、むしろ資格のない国が虚偽報告でユーロに参加したことが根本的な原因である。東芝不正会計問題と同じである。

財政赤字が大きい国が参加するとユーロの信用が落ちることは最初から分かっていたことである。それ故にEUは財政規律を定め、それが守られた国だけ参加を認めるようにした。ところが、過少申告によって財政規律違反の国がユーロに参加していた。それが判明して、通貨危機が起きた。制度が想定した通りの現象が起きただけである。ユーロや財政規律の欠陥ではない。

EUがポピュリズムの問題と対抗し、存在意義を保てるかは、財政規律の厳格な順守のような問題を徹底できるかにあるだろう。ギリシャの財政赤字隠蔽はギリシャ側の甘えが主要因であるが、EU側にも加盟国皆がユーロに参加させるという目の前の政策目的実現のために審査を甘くする意識が働いたとの指摘がある。そのような御都合主義では反EUの声の高まりも道理である。

エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する

オーウェン・ジョーンズ著、依田卓巳訳『エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する』(海と月社、2018年)は英国のエスタブリッシュメント支配の実体を明らかにし、処方箋を述べた書籍である。本書は英国を対象とするが、世界全体に通用する。

本書のエスタブリッシュメントは自分達を地位を守らなければならない有力者の集団である。具体的には政治家やメディアや金融機関などの企業経営者、警察官僚などである。彼らの目的はエスタブリッシュメントそのものに奉仕することである。この目的のために活動しており、思想は手段に過ぎない。

確かにエスタブリッシュメントは新自由主義思想を広める傾向にあるが、彼らは新自由主義の真の信奉者ではない。市民には自己責任を押し付ける一方で、大企業には補助金や税制上の優遇措置を与え、銀行は巨額の補助金で救済する。エスタブリッシュメントに奉仕するためならば新自由主義と真逆のことをする。

英国は新自由主義ではなく、富裕層と企業のための国家社会主義の国である。ここからすると無制限な財政出動を正当化する現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMTなどはエスタブリッシュメントに都合の良い理論になるだろう。

本書の表紙には「国に「たかって」いるのは本当は、誰か?」とある。新自由主義よりも、国家利権のぶら下がりがエスタブリッシュメントの権力の源泉ではないか。それ故にエスタブリッシュメントを批判するならば、新自由主義批判よりも利権批判の方が効果的ではないか。

本書は対策として、民主的な権利と権力を平和的な方法で取り戻す民主革命を提言する。しかし、その内容の多くは累進課税の範囲の拡大など社会民主主義や福祉国家、ケインズ経済学の大きな国家的な制度改革である。それらには新味がない。

ユニークな主張は公共サービスの公有化である。官僚の手を通した再国有化ではなく、利用者と労働者による公有化である。これは20世紀末からの改革を否定し、20世紀後半に戻す反動ではないという点で新味がある。官僚の手を通した国有化は改善にならない。民営化しても官僚的体質が残っていれば、かんぽ生命のノルマのような役人的点数稼ぎが起きる。

一方で利用者と労働者による公有化が公共サービスを取り戻すことになるかは難しい問題がある。利用者と労働者は利害が対立するためである。利用者の立場からは国鉄民営化でサービス精神の向上を感じる。

また、本書は政府がグリーン産業のような産業政策に積極的に介入することも指摘する。これも望ましいことであるが、政府が適切な有望分野に投資できるかという疑問がある。シェアリングエコノミーへの対応を見ると、逆に成長の芽を摘むことにならないかという懸念である。

エスタブリッシュメントの唱える新自由主義はエスタブリッシュメントに奉仕するための御都合主義であると批判できる。しかし、新自由主義が20世紀末に広がった背景には土建国家など20世紀後半の官僚主導の大きな政府の機能不全がある。新自由主義は社会的需要に応えるものであった。民主革命が改革前の20世紀後半に戻すだけならば魅力はない。どれだけ新しい内容を打ち出せるかが問題である。

なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで

グレン・ハバード、ティム・ケイン著、久保恵美子訳『なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで』(日本経済新聞出版社、2014年)は大国が衰退する理由を経済学の見地から説明する書籍である。古代ローマ、中国明朝、スペイン、オスマン帝国、日本、大英帝国、ユーロ圏、カリフォルニア州、米国を分析する。

本書は衰退の原因を経済的不均衡とする。この経済的不均衡は説明が必要である。多くの日本人は経済的不均衡と言えば貧富の差を思い浮かべるかもしれない。貧富の差の拡大が体制を動揺させ、文明を衰退に導くとの主張は新味がない。むしろ、本書が念頭に置いているものは財政の不均衡である。つまり、財政赤字が大きくなると衰退するという。現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMTとは真逆の主張である。

しかし、これは実は大変な問題がある。発展する大国は、発展の負の面として貧富差が生じる。この発展の負の面に手当てしようとすることは、むしろ真面目な為政者が取り組むことである。ところが、そのための福祉国家の拡大は財政赤字を拡大させる。それでも対策を進めるために中央集権化した統治や軍事独裁に進みがちである。これが経済の不均衡を解決できない国家の政治的停滞であり、衰退の原因になる。

目の前の問題を解決するためにコストを度外視してはならず、財政均衡を常に考えなければならない。大きな政府の官僚による経済統制が滅亡の主因になる。アメリカン・スタンダードが表れている。

田岡りき『吾輩の部屋である』

田岡りき『吾輩の部屋である』(小学館)は哲学系部屋コメディ漫画。独り暮らしの大学院生の鍵山哲郎の自宅生活を描く漫画。鍵山は生活感のあるアパートに住んでいる。投資用ワンルームマンションのような無駄な高級感はなく、貧困ビジネスのゼロゼロ物件ほど堕ちていない。値段と品質が比例するという愚かな発想に支配されていない。健全な消費者感覚がある。

物語は終始、鍵山の部屋で展開される。鍵山の独白に家具などが突っ込みを入れる。家具などが話しているような描写であるが、自己を客観視した主人公の心の声とも言える。そのような自己を客観視できる立場の人間として大学院生は向いているだろう。大学の学問は高校までとは異なり、唯一の正解のないものだからである。

鍵山以外の人物は出てこない。メールや電話でやり取りするだけである。飲み会の誘いに面倒臭くて出ないなど、あるあると言える話がある。漫画の舞台が部屋になっているだけで、鍵山は引きこもりではない。外出もするが、そこは描かれない。それでも家が寝るために変えるだけではない。生活の拠点になっている。

鍵山は指導教授とも距離感がある。悪い意味での日本のアカデミズムはコネの世界であった。自己の研究室の教授に気に入られればいい。別に博士号とるのに「こうしなければいけない」というきまりがあるわけでもない。「論文出せば博士号あげるよ、でも気に入らない奴には出してもやらんよ」という世界である。

名門大学になると学閥等、色々あるから「どこどこの研究室の○○教授か、あの人なら私は知り合いだからいいところの仕事先に推薦してやろう」という感じである。そのようにしてパイプを作らないと伝統のある大学では教授にはなれない。そのようなしがらみが重視されない大学の方が健全とも言える。

中央線の国分寺駅から立川駅

JR東日本・中央線下りの国分寺駅から立川駅です。途中で中央線上りと出会いました。
立川簡易裁判所の裁判傍聴で利用しました。

おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由

米澤泉『おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』(幻冬舎新書、2019年)はユニクロが消費者に支持される理由を説明した書籍である。それは消費者が服に余計な金や時間を使いたくないと思うようになったためである。ユニクロは「見た目」をよくするための服ではなく、「くらし」をよくするための服を提案し続けてきたとする。

まずユニクロが消費者に浸透されているという現状認識は同意する。しかし、「日本の国民服となったユニクロ」という表現はどうだろうか。国民服と言えば太平洋戦争中に使用された日本国民男子の標準服を連想する。本書は国民に広く浸透した服という意味だろうが、戦時の繊維資源の節約から強制された国民服とは意味合いが異なる。

消費者が服に余計な金や時間を使いたくないと思うようになったとの分析は同意する。服の買い物では店員との余計なコミュニケーションもおっくうである。乗せられて見栄で余計な買い物をする消費者の多い。角田光代『紙の月』(ハルキ文庫、2014年)では買い物依存で多大な借金をする女性を描いている。その虚しさを多くの消費者が認識するようになったことは良いことである。

一方で、服で個性を競うことに疲れたとの指摘は微妙である。個性を競うことに疲れて皆と一緒で良いとなったならば国民服に結び付く。個性を競うこと自体に疲れたというよりも高級ブランドを競うことに疲れたと位置付けるべきだろう。価格と品質が比例するという愚かな意識から脱却した。高級ブランドではなく、自分が着て楽しめる服を選ぶようになった。

Boissonade

Gustave Emile Boissonade de Fontarabieは明治時代の司法分野のお雇い外国人である。民法の編纂や拷問廃止の意見書などの功績がある。しかし、民法典論争が起こり、明治政府がドイツ法に傾斜し、晩年は不遇だった(大久保泰甫『ボワソナアド 日本近代法の父』岩波書店、1977年)。

彼は1825年6月7日にパリ東郊のヴァンセンヌ市で私生児として生まれた(大久保泰甫「ボアソナードの知られざる史実」朝日新聞夕刊1971年6月15日)。1910年に没した。

彼が31歳の時、父母の婚姻による準正ではじめて父方の姓Boissonadeを名乗ることになる。それまでは母方の姓からGustave Boutryと名乗っていた。しかし、両親は長い間同居しており、必ずしも不幸な生い立ちだったわけではないようである。彼が父を誇りにしていたことはWigmore宛第5書簡からもうかがえる。

一方で彼はde Fontarabieという姓を用いることには消極的であたとされる。FontarabieとはGascogne地方の地名で、Boissonade家は貴族の出で代々そこの名家だったようである。Boissonadeは熱烈な反封建論者であった(福島正夫「旧民法と慣行の問題」『福島正夫著作集4』勁草書房、1993年、78頁)、自己の名から貴族的な要素を除去しようとしたのではないだろうか。

グルノーブル大学在職に「遺留分及びその精神的経済的影響の歴史」(Histoire de la reserve hereditaire et de son influence morale et economique)を書き、1867年の人文社会学学士院賞を受賞した。パリ大学在職中には「生存配偶者の諸権利の歴史」(Histoire des droits de l’ epoux survivant)を書き、1871年の同賞を受賞した(石井芳久他『日本近代法120講』法律文化社、1992年、52頁(市原靖久))。前者は現代でもこの分野の参考文献として挙げられる(Ourliac et Malafosse, Histoire du droit prive, t. Ⅲ (le droit familial), Paris (1968) 496.)。

彼はパリ大学のprofesseur agregeであった。これをパリ大学教授資格者と訳す文献もあるが、単に教授資格取得試験concouss d’agregationを通ったagrege d’universiteとは異なり、既にprofesseurである(野田良之「明治初年におけるフランス法の研究」日仏法学1、1961年、48頁)。任期10年で再任可能。

各講座を担当する正教授professeur titulaireが病気その他の理由で出講できないときに代講するピンチヒッターであり、講座に空席ができた時正教授に昇進する有資格者であった(潮見俊隆、利谷信義『日本の法学者』日本評論社、1974年、32頁(大久保泰甫))。その地位を投げうって彼は日本政府の招きに応じた。

現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMT

現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMTは通貨発行権を有する政府の支払い能力に制限はないため、財政赤字を気にせずに積極的に財政出動すべきとする主張である。正直なところ、私は魔法の壺や打ち出の小槌に期待する発想に危うさを覚える。私は1+1=2であり、2-1=1でなければならないという感覚が強い。「入るを量りて出ずるを制す」の健全性の方が合っている。

MMTの説明は、貨幣は交換価値を表象するものではなく、借用書であることを理解させることから始める。これは人類史の長い時代に流通していた鋳造貨幣や兌換紙幣を無視する議論であり、Yesとは言いにくい。議論の妥協として現代の信用貨幣が借用書の性格を持つことは合意できるだろう。

ここまでで議論に長い時間がかかり、それなりのエネルギーを費やしがちである。多くのMMT論者の悪いところは、信用貨幣が借用書の性格を持つことが認められれば、MMTが認められると考えてしまうことである。当然ながら借用書ならば無制限に発行しても良いとはならない。借用書通りに返済できなければ破産する。

これに対してMMTは国家には徴税権があるため、返済は可能と主張する。しかし、徴税権に制限を課すことはマグナ・カルタ以来の立憲主義の伝統である。国家が徴税権を無制限に行使することは国民の人権侵害である。結局のところ、国民から好きだけ奪えるから、国家が無制限に通貨を発行できるという主張になる。魔法の壺や打ち出の小槌は存在しない。

MMT論者は財政を家計や企業会計の常識とは異なる、全く別のものと考えているのだろう。これは国家の仕組みを上手く使えば皆が幸せになるというケインズ経済学や社会主義計画経済のアナロジーに見える。

現実は、ケインズ経済はスタグフレーションを克服できず、計画経済は破綻した。ケインズ経済や計画経済による国家の公共投資は建設業など既存の産業に偏りがちである。官僚の利権の思惑が入り、固定化する。成長分野へのリソースの移動の阻害要因になり、経済を衰退させる。就職氷河期世代の私はケインズ経済や計画経済の機能不全を目の当たりにして育ち、新自由主義経済が勃興する背景を理解している。このため、MMTどころか、ケインズ経済の有効需要の創出すら眉唾に感じている。

逆に日本におけるMMTの熱烈な信奉者には、昭和の高度経済成長期への郷愁を感じてしまう。昔の日本は、それなりにまともだったが、今の日本はどうしようもないというものである。右肩上がりの経済成長が終わった環境変化を認識せず、新自由主義が入って日本経済がおかしくなったとする感覚があるのではないか。

しかし、昭和の日本が良かった訳ではない。昭和にはブラック企業という言葉はなかったが、今の基準ではブラック企業に相当する企業は珍しくなかった。パワハラという言葉はなかったが、今の基準でパワハラに相当する行為が横行していた。

戦前に戻ろうとすることだけが反動ではない。昭和の戦後に戻ろうとすることも反動である。むしろ、戦後を直近の一昔前の時代と認識する世代には、逆に戦前は遠いために新鮮さを持ち、昭和の戦後に戻ろうとする方に強い反動イメージを抱きたくなる。

戦前のような全体主義への嫌悪感を共有することは大切である。それに嫌悪感を抱くならば、戦後の集団主義にも嫌悪感を抱かなければならない。「戦前はダメだが、戦後は良い」では既得権擁護の守旧派になる。インターネットで買い物ができ、情報収集と情報発信ができ、仕事もできるようになりつつある時代を享受している身には「昔は良かった」は悪夢でしかない。

21世紀に残る昭和の悪癖を根絶することは社会を変えたいと思う人々の課題である。MMTが広く受け入れらえるためには昭和の土建国家の流儀と大きく異なることを示す必要があるだろう。

風風ラーメン醤油ラーメンSoy Sauce Ramen

醤油ラーメンは醤油ダレのスープのラーメンです。醤油そのものとは異なり、スープは透明感があるものが多いです。ほんのりと醤油が香る程度の、あっさりしたスープが多いです。これらの点で塩ラーメンと類似し、味噌ラーメンや豚骨ラーメンと相違します。

醤油ラーメンはスタンダードなラーメンです。即席麺のサッポロ一番と言えば味噌ラーメンが有名ですが、サッポロ一番シリーズの第1号は1966年1月の「サッポロ一番(しょうゆ味)」でした。よしながふみ『きのう何食べた?』の三宅祐は醤油ラーメン派です。

醤油ラーメンは東京ラーメンの定番です。林家木久蔵ラーメンは東京土産になっています。落語家の林家木久扇さんの醤油ラーメンです。日本テレビ系列『笑点』でネタにされています。あっさり味です。奇をてらわないオーソドックスなラーメンです。調味料の刺激で味をカバーするラーメンと比べて健全です。さすが全国ラーメン党だけあって、ラーメンそのものを大事にしています。麺は細めです。

パッケージにはラーメン天狗が描かれています。パッケージの背景色は黄色です。『笑点』での林家木久扇さんの衣装と同じです。東京下町の味ということで東京土産になっています。肉や玉子、もやしや海苔などの具は自前で用意する必要があります。

「らぁ麺 はやし田」の看板メニュー「醤油らぁ麺」「味玉醤油らぁ麺」「特製醤油らぁ麺」も醤油ラーメンです。スープは鴨ガラと「大山どり」を丸のまま使います。丸鶏と鴨のうまみが詰まっています。味玉や豚と鶏のチャーシュー、ネギ、メンマがトッピングされています。店名は高橋ヒロシ『クローズ』の林田恵に因みます。ヤンキー漫画からとっていますが、店は和風割烹のような落ち着いた感じです。

風風ラーメン浦和道場店で醤油ラーメンを食べました。麺は東京風の「ちぢれ細麺」です。海苔や玉子、チャーシューがトッピングされています。スープの醤油が濃厚です。飲んでいて醤油を感じます。スープを飲み干せない人もいるのではないでしょうか。

風風ラーメンは福岡県に本社があるリズム食品が運営するラーメン・チェーンです。全国チェーンのため、全国の消費者に支持されるようにしています。たとえば醤油ラーメンの麺を東京風の「ちぢれ細麺」にしています。一方でバリ黒豚骨ラーメンのように九州色を出しています。醤油ラーメンのスープの濃厚さは九州的です。
I ate soy soup ramen. Soy soup ramen has a soup which is a clear, brown broth flavored with soy sauce. Soy sauce is an essential part of Japanese cuisine.

林田敏子『イギリス近代警察の誕生』

林田敏子『イギリス近代警察の誕生 ヴィクトリア朝ボビーの社会史』(昭和堂、2002年)はイギリス近代警察を社会史的な観点からアプローチした書籍。警察が暴力装置であることは厳然たる事実である。その性格は近代国家の方が強くなる面がある。前近代では事後処理中心であったが、犯罪予防を名目として国家の強制力を背景とする中央集権的な官僚組織になるためである。

これはマグナ・カルタ以来の伝統を持つイギリスでは憲政原理に反すると批判されたが、それが社会的に受容される過程を本書は明らかにする。1850年代には警察の暴力や抑圧的な取り締まりを批判する投書が激減したが、それは本書は既成事実として黙認されるようになったと位置付ける。つまり現実の警察の暴力や抑圧的な取り締まりが減少した訳ではない。批判として記録されなければなかったことにされる。責任逃れの公務員にとって都合の良い展開になる。

本書は事実上の警察機関誌である『Police Guardian』から警察官の声を拾い、警察組織への帰属意識や職業的連帯感が形成されたと説明する。但し、警察機関誌に掲載される内容は警察機関誌が認めた内容に限定される。警察組織に不都合な事実も含めて事実をありのままに伝えるものではない。警察不祥事の話題は掲載されないだろう。不祥事警察官の本音も掲載されないだろう。

よって本書のヴィクトリア朝ボビーは建前の警察官像になるという限界は認識する必要がある。本書は実際に起きたことよりも、社会的な意識を重視するアプローチである。それ故に建前の警察官像を明らかにすることは、まさに本書の課題である。

イギリス

イギリスを舞台とした作品のレビュー集
林田力『イギリス』Amazon Kindle 2019/7/30
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Britain
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林田力『直江兼続』Amazon Kindle 2019/7/26
直江兼続を扱った作品のレビュー。兼続は「愛」の前立てが有名な戦国武将である。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判19ダンダリン』
林田力『選挙・政治記事集』Amazon Kindle 2014/11/2
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