ジョージ・オーウェルGeorge Orwell『1984年』(Nineteen Eighty-Four)は全体主義と監視社会のディストピアを描いたSF作品。ディストピア小説の代表作の一つである。当時は全体主義と言えばソ連のような社会主義体制が念頭にあった。実際、本書では党が党員の行動を規律している。

党には「2分間憎悪」という党員強制参加の行事がある。党が人民の敵と位置付けるエマニュエル・ゴールドスタインの映像が流され、それを見た党員が怒りや憎悪をぶつける。これは昭和の左翼の査問会や総括を見事に予言している。

一方で全体主義と監視社会のディストピアは社会主義体制に限らない。日本ではCoinhive事件のような警察による恣意的な摘発が起きている。政治的な言論の自由を別にして、警察の摘発の恣意性は独裁国家以下という面がある。「2分間憎悪」も昭和の左翼の査問会や総括だけでなく、ブラック企業の営業研修と重なる。

監視社会批判としては、盗聴・盗撮機能を持ったテレスクリーンという未来技術が注目されがちである。しかし、反体制派を装う人物に陥れられたり、場所を提供した人物が秘密警察であったりとアナログ的な人間関係が利用される。本質は技術よりも人間である。これも日本の官憲が好む手口と重なる。