小牧・長久手の戦いは羽柴秀吉と織田信雄・徳川家康の戦いである。その重大局面が天正12年4月9日(西暦1584年5月18日)の長久手の戦いであった。長久手の戦いは林田に影響した。

長久手の戦いは家康の戦上手を印象付けた。家康が秀吉に戦で負けなかったことは、後の豊臣政権下での家康の地位向上になり、秀吉没後は天下人に押し上げた。長久手の戦いでは秀吉方の有力武将が戦死している。もっとも秀吉方の武将と言っても織田信長の有力家臣であり、秀吉は同僚の感覚であった。秀吉の政権基盤の確立の上ではプラスになった面があるだろう。

織田信長の乳兄弟の池田恒興は永井直勝の槍を受けて討死にした。恒興の息子の池田輝政は逃げ延び、池田家の家督を継承した。この池田輝政は下間頼龍の娘を養女にした。輝政の養女は秀吉の家臣の建部光重に嫁ぎ、建部政長を生む。政長は江戸時代に林田藩一万石の初代藩主になった。

長久手の戦いでは森長可も井伊直政隊の狙撃で討死した。森長可は本能寺の変で討ち死にした森蘭丸、坊丸、力丸の兄である。井伊直政はNHK大河ドラマ『おんな城主直虎』で菅田将輝が演じた。『おんな城主直虎』の最終回で小牧・長久手の戦いが少しだけ描かれた。

森家は長可の末弟の忠政が継いだ。忠政は江戸時代に美作津山藩18万6500石の大名になる。美作は関ヶ原の合戦の論功行賞で小早川秀秋の領地になったが、秀秋は早死にし、小早川家は取り潰された。そこに忠政が信州川中島から転封した。津山城の東には林田という地名がある。この林田は「はいだ」と読む。B'zの稲葉浩志さんは津山市立林田小学校卒業である。