小池百合子、松原隆一郎『無電柱革命』(PHP新書、2015年)は無電柱化推進を訴える書籍である。一般に無電柱化の目的は景観とされる。それに加えて防災目的がある。災害時に電柱が倒れて害を及ぼし、さらに復旧の妨げになるという問題である。阪神・淡路大震災の被災者へのアンケートでは、回答者の76%が倒壊した電柱で被害に遭ったとする。
共著者の小池氏は後に東京都知事になり、そこで無電柱化に力を入れる。「私は以前から「無電柱化」に、ずっとこだわってきました。阪神・淡路大震災の時に電柱が倒れることによって救急車や消防車の行く手が阻まれました。そうした問題もあって、私自身は以前から電柱に対して違和感を持っていたんですけれど、これも一気に進めていくようにしたい」(「小池百合子・東京都知事インタビュー(後編)、「金融、バリアフリー、無電柱化で技術革新」」日経xTECH 2018年3月15日)
無電柱化は欧米だけでなく、中国や韓国でも進んでいる。いつの間にか日本は後進国に転落している。これには「電柱を残すことが昭和のロマンがあっていい」という感覚があるのではないだろうか。働き方改革やシェアリングエコノミーが進まないことと共通する問題である。
もっと意味のある無電柱化への批判がある。街路樹を伐採する無電柱化工事への批判である。景観を良くする無電柱化が街路樹を伐採して景観を破壊することは本末転倒に見える。しかし、これは実はあまり噛み合った批判にならない。無電柱化には防災目的があり、それならば全ての箇所で無電柱化を進めるべきという結論になる。「この場所は街路樹が整備されているから、このままでいい」という主張は通しにくい。
建設的な批判をするならば「既存樹木を伐採しない無電柱化」を提言することになるだろう。しかし、これも言葉としては美しいですが、実現性を考えると問題がある。街路樹は残すとなると、道路は掘らない代わりに軒下配線や裏配線が求められる。これは道路脇の土地所有者に新たな負担が生じる。さらに道路脇の民有地の地下に電線を通す案も浮上しかねない。
実は小池百合子政経塾・希望の塾第五回講義では無電柱化が取り上げられた。そこでは無電柱化のために「工事の受容・協力、地上機器受け入れ等も必要に」と指摘された。無電柱化という公共目的のために私権である個々人の土地所有権を制限する考えが出ている。私は、これを最も危惧している。既存樹木を伐採しないことが目的化されると逆に周辺民有地の私権の犠牲を推進することになりかねない問題がある。
無電柱化には電力一家の独占利権を打破する効果があると考える。日本で無電柱化が進まない理由の一つに電力会社や系列企業に無電柱化のインセンティブが働かないことがある。ここでも既得権の打破が必要である。無電柱化は環境以外にも考える要素がある問題である。