働き方改革は昭和の働き方の改革である。昭和の働き方の改革とは頑張ることを美徳とする精神論根性論や対面コミュニケーションを重視するコミュニケーション至上主義である。これらが日本経済の生産性を下げている。アウトプットを出せば評価される仕組みに変えることである。

「やっと会社が「仕事をする場」になる。男も女もオンタイムでしっかり仕事をするのがスタンダードの時代だ。就業時間外の貸し借りや、それをもとにしたコンセンサス・ビルディングに、だれも膨大な時間をかけなくなる」(秋山進「昭和スタイルの出世レースが働き方改革によって駆逐される理由」ダイヤモンド・オンライン2019年6月17日)

個々人の頑張りで何とかしようとする発想は有害である。「マネジメントで大事なのは個であって、その意思決定の大胆さやタイミング、企画性を日本の現場の工員の頑張りでは凌駕できない」(「いち早く「両利き」にならないと生き残れない」東洋経済オンライン2019年6月20日、冨山和彦)

精神論根性論の背景には体育会のノリがある。それが有害になっている。「「人口減少社会」における体育会のノリは百害あって一利なし。体罰指導で急に強くなる部活と一緒で、瞬間風速的に業績は上がるかもしれないが、中長期的に見ると、パワハラや不正が溢れ変えるブラック組織をつくることにしかならないのだ」(窪田順生「レオパレスや大和ハウスの不祥事、元凶は時代錯誤の「体育会ノリ」だ」ダイヤモンド・オンライン2019年6月20日)

問題とすべきは体育会のノリである。スポーツを楽しむ精神を否定するつもりはない。スポーツを楽しむ精神は、精神論根性論の体育会のノリとは異なる。むしろスポーツの世界でも批判されている。世紀の変わり目の日本サッカーではボールが飛んだ方向に全員が猛ダッシュすることを頑張ったと評価する風潮があったが、時代遅れなものになりつつある。

「日本サッカー界では長い間、走力が重視され、走り勝てることがいい選手の条件とされてきた。しかし、走力は万能の薬ではない。走力ももちろん大切だが、走力ばかりを強調するとボールを追いかける悪循環にはまりやすく、この試合のようにいいように崩されてしまう」(熊崎敬「南米では正直者がバカを見る?日本代表「走るサッカー」の限界。 」Number Web 2019年6月20日)

陸上のサニブラウン・ハキーム選手は2019年6月の日本選手権(博多の森陸上競技場)の予選で、ラストは速度を落として流して体力を温存した。どんな時でも全力で頑張るという昭和の精神論根性論の風潮を吹き飛ばしている。
働き方改革
林田力
枕石堂
2017-09-30