さいたま市桜区は武蔵国足立郡に含まれました。桜区道場には平安時代に大伽藍があり、1156年の保元の乱で焼失したとされます。保元の乱は京都が主戦場です。保元の乱の前哨戦となった久寿2年(1155年)の大蔵合戦は武蔵国が主戦場になりました。これを指しているかもしれません。
建久年間(1190年から1199年)は畠山次郎重忠の領地でした。畠山重忠は平安時代末期から鎌倉時代初期の武将で、坂東武士の鑑と称えられました。鎌倉幕府の有力御家人になりましたが、北条氏によって滅ぼされます。
重忠は建久年間に土中から観音像を発見しました。これが大伽藍の本尊だったと考え、守護仏として道場を営みました。これが道場村の由来とされます。この道場が金剛寺の始まりとされます。
道場天満宮は、金剛寺の境内に古くからあったとされます。道場天満宮は学問の神の菅原道真を祀ります。神紋は丸に梅鉢です。鳥居脇には撫で牛があります。境内社に八重垣神社があります。夏の祭礼では提灯が飾られ、灯篭がライトアップされています。