マーク・グリーニー著、田村源二訳『イスラム最終戦争』はアメリカ合衆国政府の機密情報漏洩と、それを悪用したテロとの戦いを描く政治スリラー小説。トム・クランシーのジャック・ライアン・シリーズの一冊である。『レッド・オクトーバーを追え』でCIAアナリストとして活躍したジャック・ライアンが、本作品では大統領になっている。『レッド・オクトーバーを追え』は潜水艦の推進装置の謎がテーマになり、テクノスリラーというジャンルの作品となった。本作品もデータマイニングなどIT分野の技術要素が濃い。情報社会を反映している。

原題は『True Faith and Allegiance』(真の信仰と忠誠)。原題と邦題が全く異なる。邦題は日本人には分かりやすいと判断されたためだろうが、偏りを感じさせる。本作品では米国内でISのテロが多発するが、IS=イスラムではないし、本作品の敵はイスラム教徒だけでもない。本作品はアメリカとイスラムの戦争ではない。日本社会は米国以上にイスラムとの戦いの意識が強いのだろうか。

『イスラム最終戦争 3』(新潮文庫、2019年)はテロリストとの銃撃戦で始まる。負傷者を応急手当てする人物の姿勢がプロフェッショナルである。「心配させまいと傷の具合を軽めに言うことはないし、反対に必要以上に大袈裟に言うこともない」(28頁)。医師は、かくあるべきである。真実を伝えない、伝えることを遅らせることが良いことのように考える日本の感覚はなくすべきである。

情報漏洩によって軍人や政府職員を狙った暗殺が多発的に起きていた。情報漏洩は政府が契約したIT会社が仕事の一部を海外の会社に出していたことが問題視される(97頁)。海外企業への委託は日本の年金でも問題になった。しかし、根本的な問題は、漏洩した政府機関のITガバナンスの欠如である。「どんなサーヴァーがあり、そこにどんなデータベースが保管され、どんなデバイスが接続されているか、といったことが一目でわかる一覧表さえありませんでした」という状態であった(98頁)。海外ではなく国内だから安全、外注ではなく自前だから安全とはならない。

ライアン大統領は、政府官僚の対応の悪さに苦しめられる。「彼の人生の大半は何らかの形で政府の官僚制に対処することに費やされてきた」とまで書かれている(102頁)。日本人から見れば米国は官僚制の弊害回避に長けている。その米国でも官僚制の弊害を完全になくせていない。納期意識に欠ける日本の公務員と接したら、大統領は激怒するのではないだろうか。

邦題の『イスラム最終戦争』と異なり、米国政府はムスリムとの戦争にならないように注意している。司法長官は「わたしは司法省の職員全員にイスラム・コミュニティと良好な関係を築き、くれぐれも注意深く付き合うように指示しました」と述べている(204頁)。本作品にはアラブ系の名前を持ったイスラム教シーア派のFBI特別捜査官も登場する(241頁)。ここには日本以上に政府機構の寛容さがある。

本書ではイラクでの米軍のISとの戦いも描かれる(131頁以下)。航空機で地上を攻撃する米軍は楽な戦いに思えるが、地対空装備によって撃墜されることもある。航空機が圧倒的に優位とは言えなくなっている。日本は太平洋戦争で優れた大艦巨砲主義に固執して航空技術を持ちながら活かせなかった反省と大戦末期の空襲被害の経験がある。このため、進歩派は航空優勢を重視する構図があるが、地対空や地対艦の攻撃技術は進歩しており、航空機を飛ばすよりもコスト効率が高い。第二次世界大戦の教訓が時代遅れになりつつあるかもしれない。