近藤康史『分解するイギリス 民主主義モデルの漂流』(筑摩書房、2017年)は、現代イギリス政治を紐解き、それが機能不全に陥っている現状を説明する。イギリスは議会制民主主義の先進国であり、議会制を取り入れる国のモデルとされた。今やモデルが漂流しているとされるが、日本の現実にも重なる。

既存政党の問題として、EU問題や移民問題など既存政党が意見を集約できない問題が登場した。日本でも外国人労働者受け入れ拡大の是非について既存の保守革新で賛成反対を色分けできないだろう。イギリスでは反EUを鮮明にしたUK Independence Party; UKIPが躍進した。しかし、UKIPの躍進がヨーロッパ議会選挙であることは皮肉である。ヨーロッパ議会選挙は比例代表制であり、小選挙区制の国政選挙では反映されない民意が反映される。EUを批判するためにEUの場を活用している。

イギリスでは首相に権限が集中する大統領制化が進んだ。典型は労働党のトニー・ブレア首相である。これも日本と重なる。少なくとも日本では官僚の省益追及や与党の派閥争いから抜け出す点で官邸主導は意味がある。官僚の抵抗より首相の主導の方が民主主義に適うだろう。

一方で首相がイラク戦争への参戦など賛否ある問題を強力なリーダーシップで進めることは民意の分裂を拡大した。分裂している状態に対して強力なリーダーシップが必要と言われることがあるが、実際は反対者を全員粛正する独裁者にならない限り、強力なリーダーシップは分裂を促進させがちである。この点も日本と共通する。

イギリスと日本の相違点は、公然とブレアの方針に反対する労働党議員が増加したことである。これを本書は大統領制化の負の面として分析するが、むしろ大統領制化の健全な帰結である。首相の大統領制化は社会的必要性があるとしても、権力集中の反作用として別のところから批判勢力が生まれる。それが権力の均衡と抑制checks and balancesになる。

もともと大統領制はアメリカがモデルになる。そのアメリカの議員は自党の大統領を批判するし、党議拘束も緩い。20世紀型大衆政党の党紀の考え方がダイバーシティの21世紀に合わなくなっているのではないか。この点では日本は巨額の政党助成金が政党の中央集権的な権力を強化し、政治家の政党依存度を高くしてしまう。日本の方が深刻に感じる。