米澤泉『おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』(幻冬舎新書、2019年)はユニクロが消費者に支持される理由を説明した書籍である。それは消費者が服に余計な金や時間を使いたくないと思うようになったためである。ユニクロは「見た目」をよくするための服ではなく、「くらし」をよくするための服を提案し続けてきたとする。

まずユニクロが消費者に浸透されているという現状認識は同意する。しかし、「日本の国民服となったユニクロ」という表現はどうだろうか。国民服と言えば太平洋戦争中に使用された日本国民男子の標準服を連想する。本書は国民に広く浸透した服という意味だろうが、戦時の繊維資源の節約から強制された国民服とは意味合いが異なる。

消費者が服に余計な金や時間を使いたくないと思うようになったとの分析は同意する。服の買い物では店員との余計なコミュニケーションもおっくうである。乗せられて見栄で余計な買い物をする消費者の多い。角田光代『紙の月』(ハルキ文庫、2014年)では買い物依存で多大な借金をする女性を描いている。その虚しさを多くの消費者が認識するようになったことは良いことである。

一方で、服で個性を競うことに疲れたとの指摘は微妙である。個性を競うことに疲れて皆と一緒で良いとなったならば国民服に結び付く。個性を競うこと自体に疲れたというよりも高級ブランドを競うことに疲れたと位置付けるべきだろう。価格と品質が比例するという愚かな意識から脱却した。高級ブランドではなく、自分が着て楽しめる服を選ぶようになった。