谷川彰英『埼玉 地名の由来を歩く』(ベスト新書、2017年)は埼玉県内の地名の由来を解説した新書である。タイトルに「歩く」とあるように現地を歩いて写真を撮る紀行文の要素もある。

埼玉の県名は行田市にあった埼玉村に由来する。テレビドラマ『ブラックペアン』第3話では行田産さいたま米で卵かけご飯を作っていた。この埼玉の由来を踏まえると浦和市、与野市、大宮市が合併して、さいたま市を名乗ることは地理的には正しくない。足立郡であり、埼玉郡ですらなかった。一方で埼玉は幸いの魂という意味であり、素晴らしい名前である(32頁)。この名前を地名にすることは喜ばしい。

本書から最初に感じたことは埼玉県は広く多様であることである。明治時代の廃藩置県後に埼玉県と入間県に分かれていた。入間県は熊谷県となり、群馬県に編入されたこともある(38頁)。埼玉としての同一性を強調するよりも、多様性を尊重したい。

埼玉には高麗郡や新羅郡という朝鮮半島からの渡来人によって開拓された地域がある。渡来人を祭る高麗神社には多数の日本人が参拝する。それを本書は「日本と朝鮮半島の架け橋の証」と評価する(74頁)。

歴史ロマンから朝鮮半島にシンパシーを持つことは成り立つだろう。現実に『宮廷女官チャングムの誓い』など韓国の歴史ドラマはブームになった。これまで日本で朝鮮半島との友好を唱える勢力は、共産主義や学生運動など左翼的なところにシンパシーがあるように感じられる。それでは一般人の支持を得にくい。

本書は官僚主義的な都市計画によって歴史的な地名や風景が失われることを残念がっている。川口には善光寺があるが、荒川のスーパー堤防建設によって立ち退きを余儀なくされた(98頁)。アレックス・カー『犬と鬼 知られざる日本の肖像』(講談社)も土建国家が日本の魅力を壊していくことを批判している。

著者は埼玉ではなく、地名の専門家である。その著者は「太陽や月が自分たちの住む土地の名前になることは百パーセントあり得ない」と指摘する。「地名の命名は他の土地との識別を目的とするものであり、その意味で、月や太陽を自分たちの土地だけに占有することは考えられない」(131頁)。この指摘は納得できるが、それならば日本という地名はどうして成立したのか不思議である。
埼玉 地名の由来を歩く (ベスト新書)
谷川 彰英
ベストセラーズ
2017-08-09