林田力 何者のだましの堤防も崩す

『東急不動産だまし売り裁判』著者

ノンフィクション著者。『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』マンションだまし売り被害を消費者契約法で解決。何者もだまし売りのない世界へ。だまし売りNoでSDGs。消費者の堤防/Amazon Kindle出版/林田医療裁判/中野相続裁判/二子玉川再開発問題/書評/マンガ/YouTube
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公共

冤罪 #警察不祥事

冤罪は決して他人事ではない。冤罪によって今まで築き上げた多くのものを失ってしまう。それにもかかわらず、警察の捜査に違法性はないとされてしまう。今こそ日本人はこれ以上冤罪被害者に泣き寝入りさせることがないよう真剣に考えるべき時が来ている。焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むだけ、頑張るだけの日本的発想は時代遅れである。
冤罪被害者は皮膚を引き剥がされ、肉を晒された気分になる。市民は踏んだり蹴ったりである。何故警察官は相手の品格を貶め、不安と恐怖しか与えられないような言動を行うのか。警察組織は市民感覚からずれている。警察は冤罪被害者の無念さに対しての認識が非常に不足している。何故冤罪が起きたのか、何が起こったのかという開かれた制度になっていない。被疑者・被告人の人権に対する啓蒙活動が不足している。
冤罪は国家による犯罪である。冤罪により刑罰を受けた人は、国家権力によって人権を侵害される(『冤罪白書』編集委員会『冤罪白書 2019』燦燈出版、2019年)。見込み捜査によって今までの人生は台無しにされる。市民の幸福を盗み、名誉を踏みにじり、自らは点数稼ぎをする。名誉回復の仕組みは十分ではない。これからの人生も台無しにされる。
冤罪が生まれやすくなる背景として法律の恣意的な運用がある。欧米の共通の制度として罪刑法定主義がある。違法か違法ではないかを明確に定める。ところが、日本では警察官や検察官の裁量が大きい。法律の恣意的な運用は日本の行政のあらゆる場面に見られる悪癖である。一貫した理由の説明はアカウンタビリティの観点から当然に求められる。
「法律の恣意的な運用をやめてください。収容する時も、仮放免の許可を出さない時も、次回の仮放免期間あるいは仮放免申請時に参考にすることができる一貫した理由を、個別ケースに応じて明らかにしてください。」(「入管庁は、非正規移民の長期・無期限収容をやめてください。ハンストを無視せず、恣意的な収容行政をやめてください」)
「警察・検察による自白強要、それを鵜呑みにする裁判官。真実は何処に。はっきりしています。警察・検察が、ちゃんと手持ちの証拠を全面開示すれば一目瞭然です」(「傍聴席」救援新聞、日本国民救援会東京都本部、2020年1月25日)
組織内での初動対応によってその後の被害が大きく変わってくる。多くの事例では警察の捜査に問題があっても、外部から指摘を受けるまで問題化することはない。自組織で自発的に行うべき見直しがなされていない。情報公開がなされず、実態を正確に把握できなければ、警察不祥事の対応も困難になる。風化はしない。むしろ問題は拡大する。
冤罪
林田力
江東住まい研究所
2019-03-23

#警察不祥事 への対策

警察不祥事への対策は外部の目が必要である。腐った組織には情報公開が必要である。警察の対応は不信を育てる肥沃な土壌である。情報公開なしの警察改革はナンセンスの上にナンセンスを積み重ねるものでしかない。
テレビ局は「日本列島警察不祥事24時」「警察官犯罪24時」を制作し、放送すべきである。高視聴率は間違いない。警察24時で犯罪者に対する厳しい対応が放送されている。警察官が起こした犯罪なら、それ以上に厳しい処罰をとらなければ公正ではない。
民間感覚の外部の目があれば、杜撰な仕事ぶりとそれを稚拙な偽装で隠蔽しようとしていることが明らかになる。実情に全く合わない画一的な仕事の割り振り。市民の反感を煽ることがお前たちの仕事なのかと問い詰めたくなるような不公正かつ不平等な運用。躍起になって警察不祥事を否定しようとする無駄な努力。旧態依然とした組織は、イノベーションによって破壊され、滅びる宿命にある。
警察改革は具体的なブレークスルーが必要である。警察組織に染みついた文化、思考を変えることは簡単ではない。警察幹部には具体的ビジョンがなく、現場は文句を言うだけで本心は現状維持を望んでいる。民間感覚とのズレはあまりに大きい。警察官から「警察不祥事を公表したい」との声が出なければ駄目である。不正警官は退場した方が警察組織は健全化して、風通しが良くなる。
暴力団との癒着は古典的な問題であるが、半グレや危険ドラッグ売人との癒着など新たに浮上する課題への理解と対応も欠かせない。最初に実施すべきは現状の棚卸である。どのようなタスクを実施しているか。どのくらいの時間を使っているか。どこに問題があるのかを明らかにする。人的・組織的対策、技術的対策、物理的対策を総合的に整え、正しい運用を継続できる仕組みを構築しなくてはならない。
続警察不祥事
林田力
hayariki
2019-08-10

SDGs 3 すべての人に健康と福祉を

林田力「新しい時代には新しい医療を 新しい医療のカタチ」のスライドショーです。
Oneさいたまの会「聞いてよ市長!第2回さいたま市民政策プレゼン大会」(武蔵浦和コミュニティセンター多目的ホール、2019年10月30日)で発表しました。
医療は超高齢化が進む中で持続可能な社会を目指す上で大きな課題です。患者にとって病院への通院が楽しみになり、勤務医の労働条件を向上し、病院を社会的コストから産業と雇用を生む場に転換します。
「新しい時代には新しい医療を 新しい医療のカタチ」はSDGsの目標3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」に寄与します。

真実の終わり

ミチコ・カクタニ著、岡崎玲子訳『真実の終わり』(集英社)はトランプ大統領に代表される虚言やフェイクニュースを批判した書籍である。フェイクニュースが存在すること以上、虚言やフェイクニュースが非難されずに受け入れられていることが問題である。現実に2019年の台風19号で二子玉川が浸水したが、住民団体「二子玉川の環境と安全を考える会」が多摩川氾濫後にWebサイトを削除したとのフェイクニュースも流布された(林田力「台風19号の多摩川氾濫と住民運動へのフェイクニュース」ALIS 2019年10月14日)。

本書は、この背景としてポストモダニズムがあり、右派メディアとソーシャルメディアが加速させたと分析する。これに対抗するためには、教育と自由な報道が必要と主張する。ポストモダニズムの相対主義が背景になっているとの分析には同意する。しかし、絶対的な権威の押し付けに対抗するためにポストモダニズムは有用である。

20世紀的リベラル価値観は相対化してはならないという主張は御都合主義になるだろう。むしろ、21世紀を多く生きている世代にとって20世紀の価値観押し付けが息苦しさの原因になっており、その反感があることを直視しなければならない。20世紀的リベラル価値観の押し付けは反感を強めるだけである。

むしろ右派的なフェイクに対抗するためには虐げられた個人の立場に立ったポストモダニズムの相対主義を徹底することと考える。全体最適や目の前の問題の解決という名目で個人に負担や我慢を押し付けることを正当化しない。これを許してしまうと、例えば不法移民を規制するために何をやっても良いということになる。これに左派リベラルは、あまり有効に対抗できていないが、それは左派にも公共の福祉などの全体最適思考が強いためである。

強化課の林田力氏

岐阜県は県スポーツ科学トレーニングセンター(岐阜市)を拠点に「『日本一・世界一』特別強化事業」として高校野球、高校サッカー、都道府県対抗駅伝の3競技の強化に取り組む。指導者が直接出向いたり、県のスポーツ科学トレーニングセンターで筋トレ指導したりする。3競技合わせて2006年度約400万円の予算が組まれた。同センター強化課の林田力氏は「自治体としてここまで取り組む都道府県は少ないはず」と胸を張る(中村かさね「日本一を目指して・岐阜城北」毎日新聞2006年3月6日)。

その成果として岐阜城北高校は2006年、岐阜県勢として3年ぶりにセンバツに出場した。岐阜県野球関係者にとって期待の星と言っても過言ではない。県は「春の選抜大会常時出場」を目標に、2003年度から野球強化策を実施してきたが、3年目に城北が見事に成果を示した。林田力氏(45)は「『おれたちでも甲子園に行けるし、勝てる』と、県内選手にとって励みになったはず」と評価する(「〈甲子園を夢見て5〉「スーパージュニア」県が育成」朝日新聞2006年7月28日)。

岐阜県揖斐川町には君が代の由来になった「さざれ石」がある。揖斐川中学校の林田力校長は以下のように述べる。「私達人間も、一人一人は小さいけれど、互いが認め合ったり、支え合ったりして心の絆を深めていくことで、さざれ石のような強さや結束力をつかみ取ることができる」(林田力「今日の出会いを素敵なご縁に」揖斐川中学校『揖斐川中だより』2014年4月7日)。2017年4月1日から垂井町立北中学校の第17代校長に就任。2018年7月の西濃地区中学校総合体育大会のサッカー大会では林田力校長が専門部長として担当した。

鎌田実監督と林田力主将

神戸大学海事科学部(旧神戸商船大)硬式野球部は阪神大学野球リーグ3部。2009年2月にプロ野球・阪神タイガースの名二塁手として活躍した鎌田実さん(69)を監督に迎えた。主将の林田力さんは「大学に入って2年間は漫然と野球をやってたけど、監督が来てモチベーションが高まった。高校時代のように燃えてます」と話す(「弱小野球部に鎌田イズム 元阪神の名二塁手、監督に」朝日新聞2009年3月3日)。

日本学生野球協会によると、プロ野球OBの大学野球部監督は2005年に認められて以降、10人目(総監督除く)だが、国公立大学では初めて。チームは目下、リーグ戦に連敗中。航海実習などで練習が9人に満たない時も多いが、鎌田さんは「野球の指導に、チームの強弱など関係ない」と意気込んでいる。

2010年秋にはリーグ戦の連敗を止めた。2007年秋から定位置だった最下位も7季ぶりに脱出した。鎌田監督は「一つ勝つことがこれだけ難しいとは思わなかったが、学業と野球と両立させて頑張る選手たちはすごい」と称えた。引退する林田力主将は「レベルが上がってきた手応えはあった。最後に努力が報われた。途中で何度も野球をやめようかと思ったが、やめなくて良かった」と語る。鎌田監督は「勝つことで練習への意欲も高まっている」と来季はさらに多くの勝ち星を目指す(山本哲志「神戸大海事科学部、連敗65で止まる 阪神大学野球」神戸新聞2010年11月6日)。

近鉄特急が富吉駅から揖斐川

近鉄名阪特急アーバンライナーは近鉄名古屋線富吉駅を通過します。富吉駅には富吉検車区が隣接しています。富吉検車区は巨大な車両基地です。
途中で木曽三川(濃尾三川)を渡ります。木曽三川は木曽川、長良川、揖斐川です。木曽川と長良川の間には長嶋駅があります。
揖斐川は岐阜県から三重県を流れ、伊勢湾にそそぎます。岐阜県揖斐郡揖斐川町の冠山が水源です。揖斐川町には君が代の由来になった「さざれ石」があります。揖斐川中学校の林田力校長は「私達人間も、一人一人は小さいけれど、互いが認め合ったり、支え合ったりして心の絆を深めていくことで、さざれ石のような強さや結束力をつかみ取ることができる」と語ります(林田力「今日の出会いを素敵なご縁に」揖斐川中学校『揖斐川中だより』2014年4月7日)。
近鉄は路線網が最長の私鉄です。山間部に住む人々の大切な足になっています。人口密集地域のみを対象とする「いいとこ取り」の私鉄とは対照的です。この最長の路線網を経営的に維持する仕組みが特急です。特急への乗車は特急券が必要です。特急料金によって公共インフラが成り立っています。
これを破壊する警察不祥事が起きました。大阪府警の男性巡査長が特急に無賃乗車しました。男性巡査長は警察手帳を示して特急に20回ほど無賃乗車した。「飲酒して座って帰りたかった」との身勝手な動機でした(「警察官が通勤で“特急タダ乗り” 警察手帳を示し「公務です」20回ほど不正乗車」MBSニュース2018年1月26日)。民間企業が市場経済の論理で公共インフラを維持し、それに公務員がフリーライドして破壊します。

【銀河英雄伝説】公平な裁判と公平な税制

銀河帝国の最高権力者となったラインハルト・フォン・ローエングラムの内政の方針は公平な裁判と公平な税制というシンプルなものである。「体制に対する民衆の信頼をえるには、ふたつのものがあればよい。公平な裁判と、同じく公平な税制度。ただそれだけだ」

このラインハルトの発言には二つの意味がある。一つは公平な裁判と公平な税制度が必要ということである。それが実現すれば素晴らしいが、末端の役人にまで徹底できるか。次代を担う最高幹部クラスでもグリルパルツァーのような存在がいた。

もう一つは公平な裁判と公平な税制度だけがあればいいとなる。後者は余計な政策は不要という自由放任主義的な傾向がある。勿論、マンションだまし売りのような悪徳商法を放置することは公平ではなく、そのための規制は必要である。しかし、20世紀後半の福祉国家的な発想とは大きな隔たりがある。

公平な裁判と公平な税制で民衆の支持を得るためには、民衆側も意識が高くなければならない。公正な裁判と公平な税制の下での大不況と、不公平さがあるが好景気のどちらが良いかとなった場合、残念ながら現代日本人は後者を選択する人が多そうである。銀河帝国の民衆は現代日本人よりも賢いだろうか。

門閥貴族の没落は貴族だけの問題ではない。貴族御用達の商人も没落する。連鎖倒産や失業者が溢れる。旧社会主義国の失業者のように旧体制を懐かしむ民衆も出そうであるが、そのような描写は見られない。経済的な苦境よりも公平な裁判と公平な税制を歓迎するほど銀河帝国民衆の意識は高いか。

田中芳樹原作、藤崎竜漫画『銀河英雄伝説 15』(集英社、2019年)ではラインハルトは公平な裁判と公平な税制度だけと言いながら、福祉国家的な政策を積極的に行っている。門閥貴族の屋敷を福祉施設にしたり、低利子で貸し出す金融機関を設立したりするなどである。それによって民衆から統治の天才と支持されている。20世紀後半の服須国家的思想が先祖帰りした感がある。

20世紀後半の福祉国家的な常識では公平な裁判と公平な税制度だけでは民衆の支持が得られないとなるだろう。一方で20世紀末の社会主義体制の崩壊やケインズ経済の機能不全を経験した身からすると、官僚主導経済の硬直性が問題であり、公平な裁判と公平な税制度に専念という思想は魅力的である。
SF
林田力
江東住まい研究所
2018-02-18

役職と職位

組織には役職と職位という二種のランクがある。「日本企業の多くの従業員は「役職ランク上は課長、職能資格制度上は主事」といったように2つの「偉さ」の称号をもち、昇進も職階制度上の昇進と職能資格制度上の昇進の2つから構成される」(今野浩一郎『人事管理入門』「社員区分制度と社員格付け制度」)

軍隊ならば役職は師団長、旅団長、連隊長などになる。資格は大佐、大尉、軍曹などになる。前者ならば病気で任に就けなければ外れることは当然である。但し、代理を任命する方法もある。

資格の場合は必ずしも病気だから降格とはならない。特に昭和の年功序列では基本的に降格はなく、昇格も勤続年数に大体比例していた。しかし、それはモチベーションを阻害するということでアウトプットを重視して、昇格や降格を決める成果主義が取り入れられてきた。この場合でも病気だから自動的に降格は、中々考えにくいものである。民間企業で育休取ったら降格ならば、マタハラとして問題視されるだろう。

働く人にとって資格は給与と連動するため、ぬるま湯体質では資格が量産されがちである。役職は組織の必要性から作られる建前である。公務員組織は無駄な役職の量産が得意とされるが、それでも役職の量産には限度がある。職位は役職以上に量産しやすい。逆に民間企業では職位は従業員の給料と連動するために、人件費の観点で職位の量産に歯止めがかかる。むしろブラック企業では名ばかり店長や名ばかり管理職が量産されている。

役職と職位は別個のものであるが、そもそも資格は必要かという問題がある。フラットな組織において階級的な職位は有害ではないかとの発想である。日本の古い体質の組織では、どうしても年功序列が抜けきれない、成果主義を実践したくても成果を明確に定義できない、成果主義を実践すると上司の好き嫌いの評価にしかならないという問題を抱えている。

そこで裁量を入れずに明快なルールとしてポストと資格を連動させる制度もある。課長相当の資格は課長職に現在あるものに与えられるとする。このような制度にしているならば課長が病気で、課長職から外れたことで、資格も主査に降格という現象の説明が付く。

『周五郎少年文庫 臆病一番首 時代小説集』林田秋想

山本周五郎『周五郎少年文庫 臆病一番首 時代小説集』(新潮文庫、2019年)は戦前発表の時代小説の短編集。少年向けであり、冒険小説も多い。探偵になる話もあり、チョンマゲを付けた現代劇的な話もある。

少年向けのため、少年が活躍する話が多い。意外にも「鳥刺おくめ」や「南海日本城」のように少女も活躍する。戦前は現代では想像できないほどジェンダー意識が強かったと思われるが、そうではないかもしれない。『美少女戦士セーラームーン』や『プリキュア』が流行る地盤は戦前から存在していた。むしろ、昭和の戦後が一億総中流の標準的ライフスタイルの押し付けによってジェンダーが強化されていたのかもしれない。

印象的な話は「異人館斬り込み」。幕末の神奈川が舞台。林田秋想という学者が登場する。英語やフランス語を教えている。フィクション作品では林田先生が優れた教師として描かれる(『三月のライオン』『バトル・ロワイアル』)。その源流になるだろうか。幕府がフランスと締結する予定の条約案が、幕府を援助するという建前で日本を侵略するものと見抜く。悪徳商法の契約書のようなものである。

現代では薩摩や長州がイギリスの傀儡という見方が根強いが、戦前は幕府が日本をフランスに売り渡そうとしていたという見方が強かったのだろうか。それは明治政府の正当化に都合のよいイデオロギーである。この話のフランス将校は悪の侵略者でしかない。一方で九州を舞台とした話「決死仏艦乗込み」のフランス将校は相手を評価できる人物に描かれている。単純に列強を悪としていない。明治政府正当化のドグマから幕府が絡むと悪になるのだろうか。

幕末にフランスと協調して幕府の建て直しに最も積極的な幕臣は小栗上野介忠順であった。小栗はフランスからの借金で横須賀造船所を建造した。彼は国を売り渡そうとする人々の真逆である。アメリカで不平等な為替レートの見直しを要求するなどNOと言える日本人と評される骨のある人物であった。この小栗上野介は林田藩主の娘を妻としていた。林田という学者にフランスとの条約の危険性を指摘させることに何か深い意味があるのだろうか。

『バトル・ロワイアル』林田先生が非日常の堤防

高見広春『バトル・ロワイアル』は中学生達が殺し合いを強いられるという問題作である。映画が2000年に公開された。漫画化もされた。バトル・ロワイアルを行う城岩中学3年B組の担任教師が林田昌朗(はやしだ まさお)。

映画版の林田は修学旅行のバスの中で女子生徒達と一緒にゲームで遊んでいる。生徒達から慕われている教師である。道路に自衛隊の姿が多いことに気付き、不安を感じていた。危機意識も持っている。

その後、林田はバトル・ロワイアルに反対して殺害される。林田の遺体は生徒達に見せられ、バトル・ロワイアルが本気であることを説明することに利用される。林田の存在は日常と非日常の境界という効果がある。生徒達から見れば林田が非日常の堤防になっていた。

バトル・ロワイアルに反対する林田は良心的である。2019年秋は神戸市立東須磨小学校で激辛カレーを強制的に食べさせるイジメが問題になった。それとは対照的な教師である。林田先生と言えば羽海野チカ『3月のライオン』が有名である。この林田先生も良い教師である。林田は良い教師のアイコンになっているのだろうか。

往々にして全体主義体制では教師は、子ども達に自発的な自己犠牲を要求する体制の走狗となりがちである。林田のような良識が全体主義の堤防になる。本作品は青少年への悪影響を危惧されたが、むしろ全体主義の恐ろしさを批判的に受け止めることもできるのではないか。

病院のコスト満足度向上

病院のコスト満足度向上です。事業多角化により、診療以外の収入を得ることを考えようという提案です。病院に社交・娯楽の場を作ることを提案しました。これは病院には新規ビジネスチャンスになります。実例としてスパやフィットネスがあります。
デジタル時代は業種の壁が低くなります。異業種から医療健康分野への参入が進みますし、病院も生き残りのために異業種に参入する必要があります。これは産業構造の変化から導き出される必然です。
病院がサービス業に進出することは、サービスマインド醸成のためにも有益です。呼び方だけ患者様というようになりましたが、それだけではサービスマインドは高まりません。例えば長過ぎる待ち時間はサービス業ならば考えにくいことです。
また、医療法人の経営は、医療・介護型多角経営の場合に、他の場合と比較して、黒字経営となる可能性が大きいとの研究結果があります(大野博「医療法人の経営多角化と黒字経営に関する研究」日本医療経済学会会報29巻2号、2010年)。
Oneさいたまの会の議論では多角化の一案として病院ブランドを活かした健康食・レストランが出ました。但し、医療法人は医療法によって収益事業が認められていないという壁があります。
但し、医療法によって医療法人の収益事業には制限があります。市が現行法上可能な多角化の後押しをすることを提案します。
もう一つのコスト施策として、医療従事者の労働満足度向上で話したチーム医療や分業化があります。ここから医師以外ができる作業は医師以外に分業させます。たとえばドクターズクラーク(医師事務作業補助者)を活用します。
これは経営の視点では低単価要員の活用であり、コスト削減になります。人件費削減と雇用拡大という一見すると矛盾するものが両立します。
最後にまとめです。
大きく2点の提言にまとめられます。
病院サービスの充実と過労死防止条例の制定です。ぜひ検討をお願いします。

Oneさいたまの会は「聞いてよ市長!第2回さいたま市民政策プレゼン大会」を開催します。
日時:2019年10月30日(水)午後7時から9時まで
場所:サウスピア9階多目的ホール
https://alis.to/hayariki/articles/3k9LBlAAX1Vy

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