林田力 だまし売りをなくしてSDGs

『東急不動産だまし売り裁判』著者

マンションだまし売り被害を消費者契約法で解決した裁判闘争を描くノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。だまし売りをなくすことでSDGsの持続可能な消費に寄与したいと活動しております。
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公共

ヒューマン・ユニヴァーサルズ

Donald E.Brown著、鈴木光太郎訳、中村潔訳 『ヒューマン・ユニヴァーサルズ 文化相対主義から普遍性の認識へ』(新曜社、2002年)は社会・文化人類学に新しいパラダイムを提示する書籍である。文化相対主義を批判し、人類の普遍的な特性を重視する。原題は『Human Universals』。

文化相対主義は絶対的な価値観の押し付けを否定し、多様性を認める点で価値があった。しかし、文化の個性を強調するあまり、特定の文化の中の個々人の意識の違いや進歩を軽視してしまう問題がある。それは特定の文化の中の抑圧や搾取を正当化する危険がある。日本文化の独自性を認める文化相対主義は既得権に浸かる日本人にとって心地良いが、特殊日本的集団主義を温存しかねない。その結果、目の前の問題を解決するという名目で個人に負担や我慢を押し付ける。そのような不公正が続けられてきた。

ビジネス書では『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』が話題である。人類の組織を発展段階に応じて分類する。このような発想は本書のような人類の普遍性を重視する立場があってのものである。

暴走族や半グレ、ヤンキーは現代日本の恥ずかしい風俗である。これは現代社会の病理というよりも、野蛮な原始集団と共通する。そろいのジャンパーや刺青。暴力をふるう。犯罪の共犯となる。『ティール組織』の衝動型(レッド)組織の最も原始的な形態だろう。

19世紀問題 近代のはじまりを再考する

関眞興『19世紀問題 近代のはじまりを再考する』(PHP研究所、2019年)は19世紀の世界史を語る書籍である。民族問題や紛争・テロ、経済格差という現在の世界的な問題の種が19世紀に蒔かれていたと指摘する。そこには国民国家という発想が大きい。

19世紀を語るためには、18世紀末からの産業革命や市民革命から始める必要がある。これらは人類史の進歩と位置づけられるが、多くの人々にとっては生存が脅かされることになっていたとする。既存の相互扶助のコミュニティーや精神が解体され、一人ひとりの人間が自分の力で生きていかなければならなくなった。

この問題を克服するために1930年代に国家が経済を主導する経済政策が実践された。第一にケインズ経済学を背景にしたフランクリン・ルーズベルト米国大統領のニューディール政策。第二にドイツのアドルフ・ヒトラーの国家社会主義。第三にスターリンの社会主義計画経済。それぞれ思想的基盤は異なり、互いに批判しあう関係にあったが、国家主導の経済という点で似通っている。19世紀の生んだ国民国家というフィクションの呪縛の結果だろう。

国家主導経済は官僚の無能や怠慢によって無駄や非効率を生むことが明らかになり、20世紀末からは市場を重視する新自由主義が広まった。産業革命に匹敵するIT革命と呼ぶべき自体も進行中である。21世紀序盤は19世紀序盤と重なると言えるだろう。この環境変化を国家共同体の力で管理しようとする20世紀的発想を繰り返すならば進歩がない。市民革命が夢見た個人が縛られずに自由に生活できる社会を目指したい。

栄光のナポレオン エロイカ

池田理代子『栄光のナポレオン エロイカ』はナポレオン・ボナパルトを描いた歴史漫画。物語はテルミドール反動後から始まる。為政者は利権の維持追求が第一であり、腐敗していた。王党派が実力で政権奪取を計画していた。作者は『ベルサイユのバラ』と同じ。『ベルサイユのバラ』のオリジナルキャラクターも登場する。後日談的な要素がある。

ナポレオンを主人公とした作品となると英雄物語を連想する。しかし、本作品はバスティーユ監獄襲撃に参加した生き残りが狂言回しになっている。皇帝になったナポレオンを肯定一色では描かないだろう。皇帝就任はフランス革命の精神からすれば裏切りである。

また、本作品ではフーシェやタレイランというナポレオン没後も生き延びた陰謀家を存在感のあるキャラクターとして描いている。ナポレオンの足りなかった点も描きそうである。

第1巻のメインはナポレオンとジョセフィーヌの関係である。後の離婚を知る立場からすればジョセフィーヌに感情移入したくなるが、この時点では立場は逆であった。二人の関係がどのようになるか興味深い。

フランス革命を描いた人が、その後でナポレオンを描く。これは小説家の佐藤賢一も同じである。ナポレオンは皇帝になり、フランス革命の息の根を止めた。このため、フランス革命を肯定的に捉えるならば否定的に考えたくなる。同時代人ではベートーベンの評価が有名である。一方でナポレオンの対外戦争は革命精神の輸出の側面もある。フランス革命の延長線上に考えることもできる。

イタリア遠征ではナポレオンのアルプス越えは画期的な出来事とされるが、本作品では特に苦労なく終わる。コロンブスの卵のようなものなのだろうか。あまり戦術的なことは描かれない。ここは女性向け漫画らしい。アラン・ド・ソワソンだけは超人的に活躍する。これはオリキャラ補正だろうか。
ナポレオンはジョセフィーヌのことばかりである。兵士と同じ食事を摂っていても、これで士気が保てるだろうか。これに対してジョセフィーヌは浮気しており、華やかなパリを離れたがらない。ジョセフィーヌが離れたがらない理由には住み慣れたという点があろうが、パリが文化の先進地域という感覚もあるだろう。ルネサンス期まではイタリアが文化の先進地域であった。時代が変わっている。
ナポレオンは兵士の略奪を厳禁する。違反者は死罪とする。これは織田信長と共通する。占領地の急拡大の背景には住民の支持が不可欠である。我慢や負担を強いてばかりの日本の公務員感覚とは異なるところである。

FACTFULNESS(ファクトフルネス)

Hans Rosling, Ola Rosling, Anna Rosling Ronnlund著、上杉周作、関美和訳『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社、2019年)は世界を正しく捉える見方を提示する書籍である。現代人は10の思い込み的な本能によって世界を正しく見ることができていないと指摘する。

最初の分断本能は、世界が先進国と途上国、金持ちと貧乏人など分断されているとする見方である。しかし、統計では乳児死亡率や就学率は途上国も含めて向上している。人類の「ほとんどはグローバル市場に取り込まれ、徐々に満足いく暮らしができるようになっている」(43頁)。日本では進歩派も保守派もグローバル化を格差拡大と脊髄反射的に拒否する傾向がある。しかし、透明性のある市場ルールが入ることで、業界の既得権が廃れ、消費者の選択肢が増え、生活しやすくなっている。

次のネガティブ本能は、世界はどんどん悪くなっているという思い込みである。しかし、「多くの人は、上の世代が経験した悲惨な出来事から目を背けがちだし、それを下の世代に伝えようともしない」(84頁)。これは経済大国の「成功体験」を持つ日本で深刻だろう。実際は昭和の日本は目の前の問題解決のために我慢や負担を強いられ、頑張ることを強要する集団主義や精神論根性論が横行していた。昭和に比べれば個人が格段に暮らしやすくなっている。

本書は世界が良くなっているという肯定的な姿勢である。全体的に見て、そうであるとしても、個々には深刻な不合理や不正があるだろう。私にはマンションだまし売り被害という個別的な経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』)。全体的に良くなっているという話で有耶無耶にされたらたまらない。

この点も本書は考慮している。本書は「悪い」と「良くなっている」は両立すると指摘する(89頁)。これは納得である。深刻なマンションだまし売り被害があること、一方でマンションだまし売り被害を消費者契約法で対抗できるようになったことは両立する。

福生病院透析中止事件提訴など

福生病院透析中止事件提訴などの話題をお送りします。

福生病院透析中止事件の遺族が2019年10月19日に東京地裁に提訴します。遺族は「透析再開の訴えを聞いてもらえなかった」と主張しています。林田医療裁判 訴訟団も応援します。
提訴報告集会が開催されます。
日時:2019年10月19日午後6時半から20時半まで
場所:東京都障害者福祉会館2階教室(港区芝)
最寄駅:都営地下鉄三田駅徒歩1分、JR田町駅徒歩5分
https://hayariki.wixsite.com/hayashida/post/fussa_touseki

患者の権利を守る会は林田医療裁判(平成26年(ワ)第25447号 損害賠償請求事件)を踏まえて、立正佼成会附属佼成病院に2019年9月27日付で公開質問状(7)を送付しました。
https://hayariki.wixsite.com/hayashida/post/kosei7

何者かによりポール5本折られる

何者かにガーラ・プレシャス東麻布建設反対の幟旗のポールが折られ、旗が刻まれました。悪質極まりない事件です。ガーラ・プレシャス東麻布はFJネクスト(エフ・ジェー・ネクスト)の投資用マンション。FJネクストはマンション投資の迷惑勧誘電話営業で評判が悪い業者です。
https://sites.google.com/site/higashiazabu2014/
FJネクスト(株式会社エフ・ジェー・ネクスト、FJ Next Co., Ltd.)のガーラ東麻布やガーラ・グランディ木場は隣接地ギリギリに高層マンションを建設する非常識な物件である。住民団体「東麻布を守る会」は隣のビルまで僅か50cmの間隔しかなく、非人間的なマンションと批判する。隣人と手が繋げるまでのところに窓を作り、非人間的生活環境を強制する。住民を無視した建設計画である。
「東麻布を守る会」は「既存住民が受け入れられないマンション建設反対」と主張し、FJネクストの企業姿勢を批判する。FJネクストにはガーラ・グランディ東陽町、ガーラ・シティ東陽町、ガーラ・プレシャス木場などの物件があるが、投資用マンションばかりである。「東麻布を守る会」は「投資用ワンルームタイプが多すぎる。これは犯罪のおきやすい環境であり、入居者も社会的責任感に欠ける可能性が高い」と批判する。
住民の生存権を侵害する。日照権を無視する。既存住民の生活環境を破壊する。日照・通風など、住民にとって最低限度の生活環境さえも、営利性が損なわれると完全に話し合いを拒絶する。FJネクストは迷惑勧誘電話でも悪名高い企業である。FJネクストのマンションを見ると悲しい気持ちになる。とにかく悲しい。

さいたま赤十字病院の選択理由

さいたま赤十字病院の患者アンケート調査で、さいたま赤十字病院を選択した理由を尋ねています。調査は外来患者と入院患者に分けています。外来・入院共に「他医からの紹介」が最も多いですが、これは主体的な理由ではありません。同じく「救急搬送等」も主体的な理由ではありません。外来・入院共に「交通の便がよい」ことが重視されています。外来では「専門医がいる」、入院は「医療設備がよい」の割合も高いです。

外来患者の選択理由
他医からの紹介 45%
専門医がいる 11%
交通の便がよい 10%
自宅・職場・学校が近い 8%
かかりつけ医がいる 8%
医療設備がよい 8%
救急搬送等 6%
その他 3%
診療科目が多い 1%

入院患者の選択理由
他医からの紹介 39%
交通の便がよい 16%
医療設備がよい 12%
救急搬送等 11%
かかりつけ医がいる 9%
専門医がいる 6%
自宅・職場・学校が近い 4%
その他 2%
診療科目が多い 1%

さいたま赤十字病院TQM推進室「平成30年度第1回外来患者さん満足度調査結果概要」
http://www.saitama-med.jrc.or.jp/iryouzyouhou/pdf/h30manzokudo_gairai_1.pdf
さいたま赤十字病院TQM推進室「平成30年度入院患者さん満足度調査結果概要」
http://www.saitama-med.jrc.or.jp/iryouzyouhou/pdf/h30manzokudo_nyuuin.pdf

欧州ポピュリズム EU分断は避けられるか

庄司克宏『欧州ポピュリズム EU分断は避けられるか』(筑摩書房、2018年)は欧州連合(EU)でポピュリズムの台頭を招いた要因を分析する書籍である。皮肉なことに大衆民主主義の欠陥を埋めることを意図して作られたEUの仕組みが、民意を無視する欠陥としてポピュリスト政党から攻撃されている。

ポピュリズムという言葉にはマイナスイメージがあるが、本来は民意の尊重という民主主義の徹底を求めるものであり、そのこと自体は悪くない。元々、EUは気まぐれな大衆民主主義に振り回されずに政策を遂行するエリート主義的な思想で制度設計された面がある。それ故にポピュリズムの不満が高まることは、ある意味で必然であった。

ポピュリズムの問題は法の支配や適正手続きを無視して、多数派の意思を優先する傾向にある。ポピュリスト政党と言えば、移民排斥を主張する排外主義を先ず連想するが、司法権の独立などを否定するポピュリズムもある。極論すれば皆がある人を殺したいと思えば殺すことが正当化される。皆で決めて良いことと決めて良くないことを峻別することがポピュリズムと向き合うことになるだろう。

EUの構造的欠陥として、加盟時には審査されれるが、継続の審査がないことである。参入障壁は高いが、メンバーになれば、ぬるま湯という日本の業界規制に似ている。このため、ポピュリズム政党が政権を取り、人権や法の支配を無視した政治を行うなど加盟国がEUの基本的価値に違反した場合の対抗措置が不十分である。権利停止手続は加盟国の全会一致が必要で、除名の規定はない。

この問題は統一通貨のユーロでも現実化した。EUはユーロ参加の条件として、財政赤字の対GDP比3%以内などの財政規律順守を条件とした(因みに2018年の日本の財政赤字の対GDP比は3.8%であり、日本はユーロに参加する資格はない)。ギリシャは2001年にユーロに参加したが、財政赤字GDP比を過少申告して審査を通過していた。実際の1999年の財政赤字GDP比は3%を越えており、ギリシャには最初からユーロ参加資格がなかった。

後にギリシアの財政赤字粉飾が明らかになり、2010年にギリシャ危機が起き、ユーロが下落した。ギリシャ危機では緊縮財政批判がなされがちであるが、むしろ資格のない国が虚偽報告でユーロに参加したことが根本的な原因である。東芝不正会計問題と同じである。

財政赤字が大きい国が参加するとユーロの信用が落ちることは最初から分かっていたことである。それ故にEUは財政規律を定め、それが守られた国だけ参加を認めるようにした。ところが、過少申告によって財政規律違反の国がユーロに参加していた。それが判明して、通貨危機が起きた。制度が想定した通りの現象が起きただけである。ユーロや財政規律の欠陥ではない。

EUがポピュリズムの問題と対抗し、存在意義を保てるかは、財政規律の厳格な順守のような問題を徹底できるかにあるだろう。ギリシャの財政赤字隠蔽はギリシャ側の甘えが主要因であるが、EU側にも加盟国皆がユーロに参加させるという目の前の政策目的実現のために審査を甘くする意識が働いたとの指摘がある。そのような御都合主義では反EUの声の高まりも道理である。

エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する

オーウェン・ジョーンズ著、依田卓巳訳『エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する』(海と月社、2018年)は英国のエスタブリッシュメント支配の実体を明らかにし、処方箋を述べた書籍である。本書は英国を対象とするが、世界全体に通用する。

本書のエスタブリッシュメントは自分達を地位を守らなければならない有力者の集団である。具体的には政治家やメディアや金融機関などの企業経営者、警察官僚などである。彼らの目的はエスタブリッシュメントそのものに奉仕することである。この目的のために活動しており、思想は手段に過ぎない。

確かにエスタブリッシュメントは新自由主義思想を広める傾向にあるが、彼らは新自由主義の真の信奉者ではない。市民には自己責任を押し付ける一方で、大企業には補助金や税制上の優遇措置を与え、銀行は巨額の補助金で救済する。エスタブリッシュメントに奉仕するためならば新自由主義と真逆のことをする。

英国は新自由主義ではなく、富裕層と企業のための国家社会主義の国である。ここからすると無制限な財政出動を正当化する現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMTなどはエスタブリッシュメントに都合の良い理論になるだろう。

本書の表紙には「国に「たかって」いるのは本当は、誰か?」とある。新自由主義よりも、国家利権のぶら下がりがエスタブリッシュメントの権力の源泉ではないか。それ故にエスタブリッシュメントを批判するならば、新自由主義批判よりも利権批判の方が効果的ではないか。

本書は対策として、民主的な権利と権力を平和的な方法で取り戻す民主革命を提言する。しかし、その内容の多くは累進課税の範囲の拡大など社会民主主義や福祉国家、ケインズ経済学の大きな国家的な制度改革である。それらには新味がない。

ユニークな主張は公共サービスの公有化である。官僚の手を通した再国有化ではなく、利用者と労働者による公有化である。これは20世紀末からの改革を否定し、20世紀後半に戻す反動ではないという点で新味がある。官僚の手を通した国有化は改善にならない。民営化しても官僚的体質が残っていれば、かんぽ生命のノルマのような役人的点数稼ぎが起きる。

一方で利用者と労働者による公有化が公共サービスを取り戻すことになるかは難しい問題がある。利用者と労働者は利害が対立するためである。利用者の立場からは国鉄民営化でサービス精神の向上を感じる。

また、本書は政府がグリーン産業のような産業政策に積極的に介入することも指摘する。これも望ましいことであるが、政府が適切な有望分野に投資できるかという疑問がある。シェアリングエコノミーへの対応を見ると、逆に成長の芽を摘むことにならないかという懸念である。

エスタブリッシュメントの唱える新自由主義はエスタブリッシュメントに奉仕するための御都合主義であると批判できる。しかし、新自由主義が20世紀末に広がった背景には土建国家など20世紀後半の官僚主導の大きな政府の機能不全がある。新自由主義は社会的需要に応えるものであった。民主革命が改革前の20世紀後半に戻すだけならば魅力はない。どれだけ新しい内容を打ち出せるかが問題である。

なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで

グレン・ハバード、ティム・ケイン著、久保恵美子訳『なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで』(日本経済新聞出版社、2014年)は大国が衰退する理由を経済学の見地から説明する書籍である。古代ローマ、中国明朝、スペイン、オスマン帝国、日本、大英帝国、ユーロ圏、カリフォルニア州、米国を分析する。

本書は衰退の原因を経済的不均衡とする。この経済的不均衡は説明が必要である。多くの日本人は経済的不均衡と言えば貧富の差を思い浮かべるかもしれない。貧富の差の拡大が体制を動揺させ、文明を衰退に導くとの主張は新味がない。むしろ、本書が念頭に置いているものは財政の不均衡である。つまり、財政赤字が大きくなると衰退するという。現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMTとは真逆の主張である。

しかし、これは実は大変な問題がある。発展する大国は、発展の負の面として貧富差が生じる。この発展の負の面に手当てしようとすることは、むしろ真面目な為政者が取り組むことである。ところが、そのための福祉国家の拡大は財政赤字を拡大させる。それでも対策を進めるために中央集権化した統治や軍事独裁に進みがちである。これが経済の不均衡を解決できない国家の政治的停滞であり、衰退の原因になる。

目の前の問題を解決するためにコストを度外視してはならず、財政均衡を常に考えなければならない。大きな政府の官僚による経済統制が滅亡の主因になる。アメリカン・スタンダードが表れている。

Boissonade

Gustave Emile Boissonade de Fontarabieは明治時代の司法分野のお雇い外国人である。民法の編纂や拷問廃止の意見書などの功績がある。しかし、民法典論争が起こり、明治政府がドイツ法に傾斜し、晩年は不遇だった(大久保泰甫『ボワソナアド 日本近代法の父』岩波書店、1977年)。

彼は1825年6月7日にパリ東郊のヴァンセンヌ市で私生児として生まれた(大久保泰甫「ボアソナードの知られざる史実」朝日新聞夕刊1971年6月15日)。1910年に没した。

彼が31歳の時、父母の婚姻による準正ではじめて父方の姓Boissonadeを名乗ることになる。それまでは母方の姓からGustave Boutryと名乗っていた。しかし、両親は長い間同居しており、必ずしも不幸な生い立ちだったわけではないようである。彼が父を誇りにしていたことはWigmore宛第5書簡からもうかがえる。

一方で彼はde Fontarabieという姓を用いることには消極的であたとされる。FontarabieとはGascogne地方の地名で、Boissonade家は貴族の出で代々そこの名家だったようである。Boissonadeは熱烈な反封建論者であった(福島正夫「旧民法と慣行の問題」『福島正夫著作集4』勁草書房、1993年、78頁)、自己の名から貴族的な要素を除去しようとしたのではないだろうか。

グルノーブル大学在職に「遺留分及びその精神的経済的影響の歴史」(Histoire de la reserve hereditaire et de son influence morale et economique)を書き、1867年の人文社会学学士院賞を受賞した。パリ大学在職中には「生存配偶者の諸権利の歴史」(Histoire des droits de l’ epoux survivant)を書き、1871年の同賞を受賞した(石井芳久他『日本近代法120講』法律文化社、1992年、52頁(市原靖久))。前者は現代でもこの分野の参考文献として挙げられる(Ourliac et Malafosse, Histoire du droit prive, t. Ⅲ (le droit familial), Paris (1968) 496.)。

彼はパリ大学のprofesseur agregeであった。これをパリ大学教授資格者と訳す文献もあるが、単に教授資格取得試験concouss d’agregationを通ったagrege d’universiteとは異なり、既にprofesseurである(野田良之「明治初年におけるフランス法の研究」日仏法学1、1961年、48頁)。任期10年で再任可能。

各講座を担当する正教授professeur titulaireが病気その他の理由で出講できないときに代講するピンチヒッターであり、講座に空席ができた時正教授に昇進する有資格者であった(潮見俊隆、利谷信義『日本の法学者』日本評論社、1974年、32頁(大久保泰甫))。その地位を投げうって彼は日本政府の招きに応じた。

現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMT

現代貨幣理論Modern Monetary Theory; MMTは通貨発行権を有する政府の支払い能力に制限はないため、財政赤字を気にせずに積極的に財政出動すべきとする主張である。正直なところ、私は魔法の壺や打ち出の小槌に期待する発想に危うさを覚える。私は1+1=2であり、2-1=1でなければならないという感覚が強い。「入るを量りて出ずるを制す」の健全性の方が合っている。

MMTの説明は、貨幣は交換価値を表象するものではなく、借用書であることを理解させることから始める。これは人類史の長い時代に流通していた鋳造貨幣や兌換紙幣を無視する議論であり、Yesとは言いにくい。議論の妥協として現代の信用貨幣が借用書の性格を持つことは合意できるだろう。

ここまでで議論に長い時間がかかり、それなりのエネルギーを費やしがちである。多くのMMT論者の悪いところは、信用貨幣が借用書の性格を持つことが認められれば、MMTが認められると考えてしまうことである。当然ながら借用書ならば無制限に発行しても良いとはならない。借用書通りに返済できなければ破産する。

これに対してMMTは国家には徴税権があるため、返済は可能と主張する。しかし、徴税権に制限を課すことはマグナ・カルタ以来の立憲主義の伝統である。国家が徴税権を無制限に行使することは国民の人権侵害である。結局のところ、国民から好きだけ奪えるから、国家が無制限に通貨を発行できるという主張になる。魔法の壺や打ち出の小槌は存在しない。

MMT論者は財政を家計や企業会計の常識とは異なる、全く別のものと考えているのだろう。これは国家の仕組みを上手く使えば皆が幸せになるというケインズ経済学や社会主義計画経済のアナロジーに見える。

現実は、ケインズ経済はスタグフレーションを克服できず、計画経済は破綻した。ケインズ経済や計画経済による国家の公共投資は建設業など既存の産業に偏りがちである。官僚の利権の思惑が入り、固定化する。成長分野へのリソースの移動の阻害要因になり、経済を衰退させる。就職氷河期世代の私はケインズ経済や計画経済の機能不全を目の当たりにして育ち、新自由主義経済が勃興する背景を理解している。このため、MMTどころか、ケインズ経済の有効需要の創出すら眉唾に感じている。

逆に日本におけるMMTの熱烈な信奉者には、昭和の高度経済成長期への郷愁を感じてしまう。昔の日本は、それなりにまともだったが、今の日本はどうしようもないというものである。右肩上がりの経済成長が終わった環境変化を認識せず、新自由主義が入って日本経済がおかしくなったとする感覚があるのではないか。

しかし、昭和の日本が良かった訳ではない。昭和にはブラック企業という言葉はなかったが、今の基準ではブラック企業に相当する企業は珍しくなかった。パワハラという言葉はなかったが、今の基準でパワハラに相当する行為が横行していた。

戦前に戻ろうとすることだけが反動ではない。昭和の戦後に戻ろうとすることも反動である。むしろ、戦後を直近の一昔前の時代と認識する世代には、逆に戦前は遠いために新鮮さを持ち、昭和の戦後に戻ろうとする方に強い反動イメージを抱きたくなる。

戦前のような全体主義への嫌悪感を共有することは大切である。それに嫌悪感を抱くならば、戦後の集団主義にも嫌悪感を抱かなければならない。「戦前はダメだが、戦後は良い」では既得権擁護の守旧派になる。インターネットで買い物ができ、情報収集と情報発信ができ、仕事もできるようになりつつある時代を享受している身には「昔は良かった」は悪夢でしかない。

21世紀に残る昭和の悪癖を根絶することは社会を変えたいと思う人々の課題である。MMTが広く受け入れらえるためには昭和の土建国家の流儀と大きく異なることを示す必要があるだろう。
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