林田力 だまし売りをなくしてSDGs

『東急不動産だまし売り裁判』著者

マンションだまし売り被害を消費者契約法で解決した裁判闘争を描くノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。だまし売りをなくすことでSDGsの持続可能な消費に寄与したいと活動しております。
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経済

アマゾン、ニトリ、ZARA……すごい物流戦略

角井亮一『アマゾン、ニトリ、ZARA……すごい物流戦略』(PHP研究所、2018年)は、物流の重要性に気づき、大きな成長を遂げてきた企業を取り上げたビジネス書である。ロジスティックスは重要である。日本は旧日本軍の悪しき伝統を引きずっているためかロジスティックスが軽視される傾向にある。

本書が取り上げる企業の一つにAmazonがある。というよりもAmazonは『すごい物流戦略』のタイトルで取り上げられない筈がないというくらいの存在感がある。Amazonは世界最大のEC企業であるが、物流企業でもある。最短1時間で配送するプライムナウや生鮮宅配のアマゾンフレッシュなど驚くべきサービスを展開している。日本の官僚型組織は「前例がない」「習慣に合わない」という理由で却下するが、Amazonでは数値やデータに基づく提案が積極的に採り入れられる。

Amazonの物流戦略は宅配会社の分散である。米国Amazonはシェア1位の宅配会社UPSを利用していたが、FedexやUSPSの扱いも増やしている。選択肢を増やすことで競争力を強化している。日本的経営の系列的な発想の対極にある。

Amazonは無人コンビニのAmazon Goが話題になった。インターネット通販企業が実店舗に進出とは先祖帰りの感がある。しかし、これは実店舗進出を目指しているのではなく、決済の新しい仕組みとしてシステム販売する戦略と本書は分析する。企業へのサービス基盤の提供というAWSと同じスタンスと考えられる。

Amazonの実店舗としてAmazon Fresh Pickupもある。ネットで注文した食料品を実店舗でドライブスルー形式のように受け取るサービスである。これは本業であるECの補完になる。宅配で最もコストがかさみがちなラストワンマイルを消費者の方から取りに来させる形にした。

一方で消費者は店舗の駐車場まで行けばよい。店舗の従業員が購入商品を自動車まで運び、トランクに積んでくれる。企業側のコスト削減で終わらず、消費者に価値を提供するところは「地球上で最もお客様を大切にする企業」の面目躍如である。

なぜアマゾンは「今日中」にモノが届くのか

林部健二『なぜアマゾンは「今日中」にモノが届くのか』(プチ・レトル、2017年)はAmazonの物流戦略を中心に経営理念や企業文化を明らかにする書籍である。顧客満足度は、注文品が予定通りに傷のない状態で届くというスピードと品質に依存する。配送中に商品が壊れた通販を二度と利用したいとは思わないだろう。これを実現するためにAmazonは物流に巨額の投資をしている。

インターネット通販は無数の商品を扱えるという点で画期的である。インターネット以前からもカタログ通販やテレビ通販という形で通販は存在していた。しかし、これらはカタログ紙面や放送時間によって紹介できる商品数に制約があった。これに対してインターネット通販は販売見込み数の少ないニッチな商品も販売可能になり、ロングテールを活用できるようになった。

Amazonが物流のサービスレベルを注力することは正しい結論である。リアル店舗は従業員の接客が消費者との接点になる。これがAmazonにはない。顧客の手元に商品を届けるところが唯一の物理的な接点である。それ故に、ここに注力する。

唯一の顧客との物理的な接点が商品を手元に届けるところであることは、誤魔化しがきかないということである。従業員の接客で誤魔化されることもある。極論を言えば悪徳商法や詐欺犯は接客の名手という面がある。京都府警の警察官が捜査を名目に高齢者から金をだまし取る詐欺犯罪が起きたが、詐欺警察官も高齢者の健康を気遣うような発言をしていた。これに対してAmazonは消費者にとって実質的な買い物ができる。

日本ではAmazonの高い要求に応え続けることが配送業者を疲弊させると問題視されている。しかし、Amazonが高い要求をすることは消費者の生活を便利にしている。まだまだ日本は消費者の利益よりも、事業者の存続を優先して考える事業者本位の発想が根強い。

Amazonはヤマト運輸の配送料値上げ要求を渋々受け入れつつも、小規模な会社と手を結ぶことによって、配送を分散させ始めている。配送先の分散による競争力の強化は米国Amazonと同じである(角井亮一『すごい物流戦略 アマゾン、ニトリ、ZARA……』PHP研究所、2018年)。

ジェフ・ベゾス 果てなき野望

ブラッド・ストーン著、井口耕二訳、滑川海彦解説『ジェフ・ベゾス 果てなき野望 アマゾンを創った無敵の奇才経営者』(日経BP社、2014年)はAmazon創業者を取り上げた書籍である。Amazonの立ち上げから描いている。

インターネットに接したベゾスは当初、あらゆるものを販売する「Everything Store」の起業を目指した。本書の原題は『The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon』である。しかし、最初からEverything Storeは困難と考え、書籍の取り扱いに絞った。これは正解であった。店舗の購入と異なり、通販は期待通りの商品が届くか心配である。これに対して書籍は差がない。また、書籍は刊行点数が多く、小売店でも取り寄せになりがちである。インターネット通販向きの商品である。

Amazonは損をしても顧客を第一に考える。その例として『ハリー・ポッター』の4作目の販売がある。Amazonは40%の値引き価格で販売し、通常配送料金でお急ぎ配送を提供した。損失が出ても、お得意様になってもらうための方策とする。しかし、これは再販制度のある日本ではできないことである。このような規制も日本が業界秩序を破壊し、消費者に新たなサービスを提供する革新的な企業が生まれにくい要素である。

出版業界によるAmazonの評価は複雑である。当初は書籍販売の救世主であった。しかし、Amazonが出版社にKindleへの電子書籍提供圧力や卸売価格の引き下げ圧力をかけるようになると批判が高まる。実際、本書で描かれたAmazonの圧力はハイエナのようである。Amazonは抵抗する出版社を推奨アルゴリズムから外す。そうなると出版社の売り上げは4割近く低下してしまう。

一方でAmazonは出版社から引き出した譲歩を価格の引き下げや電子書籍という利便性の提供で消費者に還元している。ここではAmazonは業界の既得権を打破する存在である。巨大独占プラットフォーマーを悪の権化と見ることは、業界の既得権に乗せられてしまう。元々、出版業界がAmazonを救世主と評した背景は、Barnes & Nobleのような大手書店チェーンが販売量を盾に卸売価格の引き下げを出版社に求めていた事情があった。評価も批判も出版業界の御都合主義である。

Amazonのビジネスと言えばAWS (Amazon Web Service)が注目される。ベゾスはAWSについて、スマートフォン市場でのスティーブ・ジョブズの失敗を繰り返さないと述べた。AppleはiPhoneを高い利益が得られる価格で販売した。それがGoogleなどの競合をスマートフォン市場に引き寄せた。逆にAWSは低料金によってスタートアップ企業から圧倒的に利用されるようになった。

ベゾスは宇宙事業も手掛けている。テスラのイーロン・マスクCEOやホリエモン、ZOZOTOWNの前澤友作社長ら創業者は何故、宇宙に惹かれるのだろうか。むしろ宇宙に興味を持つことが地に足着いた事業から遊離し、転落の始まりに思えてならない。

amazon 世界最先端の戦略がわかる

成毛眞『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社、2018年)は世界最先端企業であるAmazonを解説した書籍である。Amazonは書籍のインターネット通販から始まったが、「地球上で最も豊富な品揃え」をセールスポイントとしてインターネット通販で圧倒的な地位を占めている。その強みをAmazon BusinessやAmazon Web ServiceとB2Bでも活かしている。

Amazonは自己を「地球上で最もお客様を大切にする企業」と定義する。この説明は考えさせられる。昭和の感覚で「最もお客様を大切にする」と言えば、常連客への接客など人間的なつながりをイメージするだろう。インターネットで取引が完結するAmazonは、その対極にある。他のネット通販と比べてもポイント還元などのサービスが良いとは言えない。

しかし、そのドライさが逆に消費者には心地良い。ある顧客に特別なサービスをする企業は、別の顧客への塩対応で補っているのかもしれないためである。恣意的な取扱いに比べれば機械的な平等の方が公平であり、公正である。それが逆に人間的である。

Amazonは積極的な投資で知られている。一方で撤退も早い。たとえば2014年に米国でスマートフォン事業に進出したが、翌年には撤退した。Fail Fastを実践している。物や情報のロジスティックスのプラットフォーマーにとってスマートフォンが何かは問題ないのだろう。むしろ、そのスマートフォンでも物や情報を購入する際にAmazonを利用することが重要である。これは電子書籍のKindleも当初、専用リーダーを用意したが、それにこだわっていないことと重なる。

クモンカゲ 韓国の小さなよろず屋

イミギョン著、清水知佐子訳『クモンカゲ 韓国の小さなよろず屋』は韓国の日用品店「クモンカゲ」をテーマにしたエッセイ画集。クモンカゲは小さな店という意味である。懐かしさを覚える店であり、近代的なスーパーやコンビニに取って替わられ、姿を消しつつある。
日本で言えば昭和文化になるだろう。しかし、昭和文化は、ただただ懐かしむばかりである。セピア色のイメージがある。これに対して本書は鮮やかである。懐かしむだけの存在ではない。生活が感じられる。
店の周囲には大きな樹木があることが多い。これは日本の昭和の小規模店舗の典型ではない。日本はもっと建物が密集しているイメージがある。緩やかさを感じる。
ここからは都市というよりも田舎の店という雰囲気がある。品物は都市住民が消費生活を送るためのものと変わらない。韓国は昔から田舎も都市的な水準があったのだろうか。のんびりしながらも、消費生活の便利さがある。
本書には韓国各地のクモンカゲが描かれるが、表紙裏の「クモンカゲを記録した主な場所」では慶尚北道だけはない。韓国の古都と言うべき場所にはない。この点でも懐かしいだけの存在ではないと言える。
本書の日本語版には「日本のクモンカゲ」と題して、日本の古い店舗を紹介する(112頁)。著者は「うらやましくてしかたがなかった」と書くが、日本人読者へのリップサービスか「隣の芝生は青い」になるだろう。
クモンカゲは1970年代のセマウル運動で全盛期を迎えたとする(117頁)。国連開発計画(UNDP)と経済協力開発機構(OECD)は2015年9月にニューヨークの国連本部で「セマウル運動高官級特別行事」を開催した。そこではSDGs達成のため、途上国の農村開発でセマウル運動を参考にすることが議論された。クモンカゲの魅力は伝統だけではなく、近代性にもあるのではないか。

人工知能が金融を支配する日

櫻井豊『人工知能が金融を支配する日』(東洋経済新報社、2016年)は人工知能が金融業界で利用される未来を論じる書籍である。株式などの金融商品を売買するトレーダーは人工知能に取って代わる未来が現実化しつつある。さらに多くの仕事が人工知能の対象になると予測されている。

本書はタイトルから「人工知能が金融を支配」であり、このことに悲観的なイメージを持ってしまうが、人脈コネが物を言った社会からの解放というプラス面がある。人工知能トレーダーの登場も金融取引が人間のブローカーを通じてではなく、電子取引で行われるようになったためである。ブローカーを介するとブローカーの不正問題を考えなければならなくなる。それよりは電子の方がまだ消費者にとって正直なのではないか。

好むと好まざるとにかかわらず、人工知能の発達と普及は現実である。ところが、日本社会は遅れている。日本では経験と勘に頼りがちである。また、旧大蔵省の旗振りの護送船団方式によって、横並びの行動に慣れてしまい、イノベーションを起こせなくなっている。ロボットや人工知能を人間的に考えるところが日本の強みと考えられていたが、それが弱みになっている。

本書は悲観的な将来予想として、人工知能技術が一握りの人や企業に独占されることとする。この懸念は既に多くの指摘がある。人工知能だけでなく、GAFAのような巨大IT企業への批判として存在する。しかし、古代から現代に至るまで市民の人権を侵害する最大の主体は国家であった。巨大ファンドやIT企業の登場は、国家を相対化するという面がある。巨大ファンドやIT企業への批判は、権力を独占していた国家の側の既得権擁護の側面があり、消費者がそれに乗せられないようにしたい。

別の未来予測として優れた技術が広く共有化されるケースがあるとする。そこでは個々の金融機関による競争の意味が薄れ、公共的なサービスという側面が強くなるとする。しかし、キャピタルゲインの投資は儲かる人と損する人の出るゲームであり、勝ち負けが存在する。新たなアルゴリズムの開発などイノベーションも存在する。競争はなくならないのではないか。

生きている会社、死んでいる会社

遠藤功『生きている会社、死んでいる会社 「創造的新陳代謝」を生み出す10の基本原則』(東洋経済新報社、2018年)は組織論のビジネス書である。タイトルの通り、良い組織と悪い組織を生きている会社、死んでいる会社と分類する。英語ではDead or Aliveとなり、強烈である。著者は「見える化」を提唱した経営コンサルタントである。

本書は会社には経済体、共同体、生命体の3つの側面があるとし、生命体を核心と主張する。これには納得感がある。『ティール組織』も進化型組織を生命体にたとえていた。官僚主義が台頭すると会社が老化する。老化すると独自価値を創造することができなくなる。老化を防ぐために、会社は新陳代謝し続けなければならない。

新しいものを生み出すことだけが戦略ではない。創造と代謝をコインの裏表の関係と表現する。この点が右肩上がりの経済成長の昭和的なチャレンジ精神では通用しないところである。選択と集中が求められる。当たり前だと思っていることに対してメスを入れる。捨てる、止める、入れ替えることが必要である。シリコンバレーの合言葉になっているFail Fastもチャレンジの奨励というよりも、早期撤退の勧めになる。

生命体も新陳代謝し続けており、このたとえも納得できる。一方で組織のメンバーは人間である。新陳代謝の名目で安易に切り捨てられたらかなわないとの思いもある。これは本来は前向きな意味のあるリストラクチャリングがネガティブに受け止められがちな理由になる。意識面の新陳代謝ができるかが大きな課題になる。

池井戸潤『下町ロケット』

池井戸潤『下町ロケット』は東京都大田区の中手企業・佃製作所を舞台とした企業小説。テレビドラマ化され、大ヒットした。しかし、熱い思いで頑張れば何とかなる、やる気を見せることが大事というような昭和の精神論根性論を21世紀に拡大再生産しているような懸念がある。

主人公は実家の佃製作所を継いだ佃航平。佃製作所は取引停止や特許権侵害訴訟など大企業に翻弄され、倒産の危機に瀕していた。航空宇宙産業を目指す大企業の帝国重工は政府から大型ロケットの製造開発を委託されていた。ところが、大型ロケットのエンジンのバルブシステムは佃製作所の特許に抵触していた。

帝国重工は佃製作所に特許権の売却を持ちかける。資金繰りが苦しい佃製作所にとって渡りに船の話であるが、航平は企業の根幹に関わると断ってしまう。代わりにエンジンそのものの供給を提案する。一方、佃製作所内部には特許権を譲渡してその分を還元してほしいという声が上がっていた。

困難に直面しながらも、皆で問題を解決する熱さに心を動かされた人は多いだろう。しかし、ピンチになると社員総出で解決するような展開は、ブラック企業的である。恐らく佃製作所は良い会社で、ワタミは駄目な会社という点が、少なからぬ人の価値観だろうが、昭和の会社主義の延長に平成のブラック企業が存在する。佃製作所的なものを批判できるようにならなければ、ブラック企業を批判しきれない。

働き方改革

働き方改革は昭和の働き方の改革である。昭和の働き方の改革とは頑張ることを美徳とする精神論根性論や対面コミュニケーションを重視するコミュニケーション至上主義である。これらが日本経済の生産性を下げている。アウトプットを出せば評価される仕組みに変えることである。

「やっと会社が「仕事をする場」になる。男も女もオンタイムでしっかり仕事をするのがスタンダードの時代だ。就業時間外の貸し借りや、それをもとにしたコンセンサス・ビルディングに、だれも膨大な時間をかけなくなる」(秋山進「昭和スタイルの出世レースが働き方改革によって駆逐される理由」ダイヤモンド・オンライン2019年6月17日)

個々人の頑張りで何とかしようとする発想は有害である。「マネジメントで大事なのは個であって、その意思決定の大胆さやタイミング、企画性を日本の現場の工員の頑張りでは凌駕できない」(「いち早く「両利き」にならないと生き残れない」東洋経済オンライン2019年6月20日、冨山和彦)

精神論根性論の背景には体育会のノリがある。それが有害になっている。「「人口減少社会」における体育会のノリは百害あって一利なし。体罰指導で急に強くなる部活と一緒で、瞬間風速的に業績は上がるかもしれないが、中長期的に見ると、パワハラや不正が溢れ変えるブラック組織をつくることにしかならないのだ」(窪田順生「レオパレスや大和ハウスの不祥事、元凶は時代錯誤の「体育会ノリ」だ」ダイヤモンド・オンライン2019年6月20日)

問題とすべきは体育会のノリである。スポーツを楽しむ精神を否定するつもりはない。スポーツを楽しむ精神は、精神論根性論の体育会のノリとは異なる。むしろスポーツの世界でも批判されている。世紀の変わり目の日本サッカーではボールが飛んだ方向に全員が猛ダッシュすることを頑張ったと評価する風潮があったが、時代遅れなものになりつつある。

「日本サッカー界では長い間、走力が重視され、走り勝てることがいい選手の条件とされてきた。しかし、走力は万能の薬ではない。走力ももちろん大切だが、走力ばかりを強調するとボールを追いかける悪循環にはまりやすく、この試合のようにいいように崩されてしまう」(熊崎敬「南米では正直者がバカを見る?日本代表「走るサッカー」の限界。 」Number Web 2019年6月20日)

陸上のサニブラウン・ハキーム選手は2019年6月の日本選手権(博多の森陸上競技場)の予選で、ラストは速度を落として流して体力を温存した。どんな時でも全力で頑張るという昭和の精神論根性論の風潮を吹き飛ばしている。
働き方改革
林田力
枕石堂
2017-09-30

Amazonを騙る詐欺メール

Amazonを騙る詐欺メールが出回っている。Amazonからのメールに見せかけているが、差出人のドメインがAmazonと異なるものは容易に見破れる。

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超小型電気自動車EV「コムス」(COMS)カーシェア

超小型電気自動車EV「コムス」(COMS)のカーシェアリングステーションです。東京都千代田区の大手町で公道上です。目的地近くのステーションで車両を返却できるワンウェイトリップ方式のステーションです。
パーク24が運営します。2016年12月に始めた実証実験が出発点です(窪野薫「パーク24が日本初の“路上”カーシェア、1人乗りEVで」日経テクノロジーOnline 2017年1月6日)。シェアリングエコノミーが現実化しています。20世紀ではなく、21世紀に生活していることを実感します。
超小型電気自動車のカーシェアリングは岡山県岡山市でも実証実験「オカモビ」が行われました。日産自動車は2017年3月17日に、神奈川県横浜市で実施していた小型EV「日産ニューモビリティコンセプト」を用いたカーシェアリングの実証実験を再開しました(窪野薫「日産が超小型EV用いたカーシェアを再開、横浜に14拠点」日経テクノロジーOnline 2017年3月22日)。
自動車は転換期に来ています。これからは人と共存するモビリティー、人に優しいモビリティーの時代です。20世紀のガソリン自動車に最適化された自動車専用高速道路は時代遅れです。
「電動駆動で1~2人のヒトやモノを運ぶ「超小型EV」において、“ 種の爆発” とでもいうべき、爆発的な開発ラッシュが始まっている」(野澤哲生「超小型EVに“種の爆発”」『日経エレクトロニクス』2017年3月号40頁)。
「人やモノの移動を低速/超低速で実現する1~2人乗りの超小型電気自動車(EV)は、今注目を浴びている自動運転EV技術の適用先として大化けする可能性がある。これまで市場はないに等しい状態だったが、巨大市場に育っても不思議ではない」(野澤哲生「超低速~低速域に潜在市場、かばんに入る“クルマ”も続々」『日経エレクトロニクス』2017年3月号42頁)
小型モビリティーの普及でも国土交通省が抵抗勢力になっています。「「一体いつになったら公道を走れるのか」「規制緩和で誰が困るのか」─。複数の超小型電気自動車(EV)メーカーの関係者は、日本の超小型EVに対する道路や車両の規制に強烈な不満をあらわにする」(野澤哲生「世界に取り残される日本、雪解けは2020年以降に」『日経エレクトロニクス』2017年3月号42頁)

シェアライフ 新しい社会の新しい生き方

石山アンジュ『シェアライフ 新しい社会の新しい生き方』(クロスメディア・パブリッシング、2019年)はシェアリングエコノミーの解説書である。シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイル「シェアライフ」を提案する。

シェアリングエコノミーは試験段階から、スピードと拡張性をもって真の変革への移行が期待される時代に入った。そこでは人の生き方を劇的に変化させる。モノが溢れる社会を豊かさとする昭和的な価値観に対し、必要なものがあれば十分であり、家も、仕事も、子育ても、誰かとシェア(共有)すればいいという価値観が生まれ、支持されるようになっている。

本書はシェアリングエコノミーが資本主義の歪みを是正し、人間が人間らしく生きることができる持続可能な社会のインフラになると主張する。資本主義の歪みの一つに大量生産・大量消費がある。シェアリングエコノミーでは新たに物を買うのではなく、既存のシェアされた物を利用する。シェアリングエコノミーは消費の抑制になる。

もう一つは人々が貨幣だけに交換価値があると考えてしまうことである。しかし、人間の歴史を遡れば物々交換が当たり前であった。物を介して人のつながりを感じるシェアリングエコノミーには、資本主義で失われがちな人間らしさがあるとする。

本書が貨幣だけに交換価値があるとする思想を批判することは興味深い。私は消費者として商品の価格と品質が比例するという拝金主義的発想の愚かさを主張してきた。自分が欲しいものではなく、自分に価値を提供するものでもないのに、価格が高いということでありがたがることは愚かである。自分が楽しむために消費する私にとって高価格を喜ぶ拝金主義的発想は理解できないものであるが、貨幣だけに交換価値があるとする思想が根底にあると分かりやすい。

資本主義の是正は20世紀においては、社会主義やケインズ経済、福祉国家のように市場を敵視し、公的セクターの役割を大きくする解決策が主張される傾向があった。しかし、それは政府の失敗をもたらした。これに対してシェアリングエコノミーは市場に依拠する。国家の定めた基準である貨幣だけとしない点で、市場主義を徹底して資本主義を是正するアプローチである。

シェアリングエコノミーと言えば、人とのつながりやコミュニティが強調される傾向がある。その要素は本書にも存在する。たとえばシェアの原風景を長屋文化とする。しかし、本書の面白いところは、人間関係重視の昭和の感覚への先祖帰りとは異なる視点を指摘することである。本書はレイチェル・ボッツマン『シェア<共有>からビジネスを生み出す新戦略』に言及して、信頼関係がローカルなものからインターネットやテクノロジーに支えられる「分散された信頼」に発展しつつあるとする。

実際、シェアリングエコノミーは一つの組織に縛られず分散させる効果がある。分譲住宅を購入せず、シェアハウスに住むことは何十年もの住宅ローンに束縛されない。クラウドソーシングのような働き方のシェアは収入や肩書き、人間関係、やりがいなどの依存先を複数に分散する。まだまだ日本社会には、村社会的な体質が残っており、家族的経営を謳うブラック企業なでによって拡大再生産されている。シェアリングエコノミーは必要な時に必要な物を介してだけ結びつくという人間関係の希薄化や合理化というメリットこそ求められているように感じる。
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