山本周五郎『周五郎少年文庫 臆病一番首 時代小説集』(新潮文庫、2019年)は戦前発表の時代小説の短編集。少年向けであり、冒険小説も多い。探偵になる話もあり、チョンマゲを付けた現代劇的な話もある。

少年向けのため、少年が活躍する話が多い。意外にも「鳥刺おくめ」や「南海日本城」のように少女も活躍する。戦前は現代では想像できないほどジェンダー意識が強かったと思われるが、そうではないかもしれない。『美少女戦士セーラームーン』や『プリキュア』が流行る地盤は戦前から存在していた。むしろ、昭和の戦後が一億総中流の標準的ライフスタイルの押し付けによってジェンダーが強化されていたのかもしれない。

印象的な話は「異人館斬り込み」。幕末の神奈川が舞台。林田秋想という学者が登場する。英語やフランス語を教えている。フィクション作品では林田先生が優れた教師として描かれる(『三月のライオン』『バトル・ロワイアル』)。その源流になるだろうか。幕府がフランスと締結する予定の条約案が、幕府を援助するという建前で日本を侵略するものと見抜く。悪徳商法の契約書のようなものである。

現代では薩摩や長州がイギリスの傀儡という見方が根強いが、戦前は幕府が日本をフランスに売り渡そうとしていたという見方が強かったのだろうか。それは明治政府の正当化に都合のよいイデオロギーである。この話のフランス将校は悪の侵略者でしかない。一方で九州を舞台とした話「決死仏艦乗込み」のフランス将校は相手を評価できる人物に描かれている。単純に列強を悪としていない。明治政府正当化のドグマから幕府が絡むと悪になるのだろうか。

幕末にフランスと協調して幕府の建て直しに最も積極的な幕臣は小栗上野介忠順であった。小栗はフランスからの借金で横須賀造船所を建造した。彼は国を売り渡そうとする人々の真逆である。アメリカで不平等な為替レートの見直しを要求するなどNOと言える日本人と評される骨のある人物であった。この小栗上野介は林田藩主の娘を妻としていた。林田という学者にフランスとの条約の危険性を指摘させることに何か深い意味があるのだろうか。